静寂の湖
「それでは、お名前をお願いします。」
「ホマレだ。」
人のいないギルド、カウンターの魔道具に向かって情報を打ち込む少女。
「生年月日を教えてください。」
「光歴2423年、4月20日だ。」
「わあ!1週間前に16歳になったばかりじゃないですか!おめでとうございます!」
壁にかかっていたカレンダーを振り返り、少女が手を叩いて祝ってくれる。
「ありがとう、なんだか照れるな。」
「ふふ!良い1年になりますように。瞳と髪の色はそれぞれアンバーとレッドで登録してもよろしいですか?」
「ああ。もちろんだ。」
「ありがとうございます!登録が完了いたしました。情報を他者に共有するための合言葉を設定いたしますか?」
仮に自分に弟子ができたとして、変な文章を読ませるわけにはいかない。
「いや、今はやめておくよ。」
「かしこまりました。こっちを見てください。」
少女が手を振り、魔道具の中心を指差す。
「写真を撮りますよ!笑ってください!はい、チーズ!」
いきなりの説明に戸惑いながらもにっこり笑うホマレ。
「完璧です!最高の写真ですね。こちら、影狩りの証となります。無くさないようにお持ちくださいね。」
少女に手渡されたのは顔写真と名前、生年月日が印刷された硬いカード。
「身分証明書の代わりにもお使いいただけます。」
「ありがとう。依頼を受けるにはどうすればいいんだ?」
「ありがとうございます。こちらにどうぞ。」
少女はカウンターから出て左、入り口とは反対側の壁に向かって歩く。
そこにはおおきな掲示板がかけられていて、隙間なく依頼が貼られていた。
「この中からお好きなものをお選びください。掲示板から剥がしてカウンターまでお持ちいただくと、依頼受注の手続きを行います。どの依頼をとっていただいても構いませんが、特別な依頼を除き、受注日より1週間たっても依頼完了の報告ができない場合は、成功報酬の半分の額を罰金として支払っていただく必要がありますので、お気をつけください。」
薬草の採集依頼、魔物の討伐依頼、迷子の猫探しの依頼・・他にもいろいろある。
「影狩りって、結構色々なことをやるんだな。」
「はい!影狩りさんの主な仕事は影・・つまり魔物を狩ることですが、最近は日常的な依頼も多いんです。影狩りという呼び方をされていますが、実態は便利屋みたいなものですね。」
「じゃあ、これにしよう。」
とりあえず、目の前に貼ってあった依頼を取る。
ロメ・パレス周辺の魔物の討伐依頼 報酬10000コンペート
「かしこまりました。魔物を討伐した際にドロップする魔星石をここにお持ちいただいた時点で依頼達成となります。依頼では魔星石10個と書かれていますが、それ以上お持ちいただいた場合にも買取できますので、忘れずにお持ちくださいね。」
「わかった。本当に世話になった。ありがとう。え・・・と。」
少女の名前がわからない。名札もつけていない。
「ハロです!どうぞお気をつけて。ホマレさん。」
笑顔で出口まで見送ってくれる少女もといハロ。
手を振り、別れ、ホマレは街の出口に向かった。
ロメ・パレスは森に囲まれたローゼリア王国の首都であり、ローゼリア城の城下町だ。街は高い石の壁で覆われていて、出入り口は2つほどしかない。
暗くなった街をランプのあかりが照らし、酒場が賑わいを見せ始めている。
広場の鐘の音は18時を告げた。
『時に、人々の中に不安を生み、影を導く者がいる。呪い子である。太陽に嫌われ、陰の道を歩く者。神に見捨てられたものは、なんらかの業を背負うものである。』
町中に置かれたラジオから聞こえてくる太陽院の教え。ホマレの足は早まる。
「あれ!?嬢ちゃん今から森へ行くのか?まちな!夢喰らいが出るから!」
街を出ようとしたところで、すれ違った男たちに声をかけられる。
「夢喰らい・・・?何だそれは。」
「知らないのか?夢喰らいのカイブツってんで、ここらでは有名なんだ。」
「あいつのせいで何人の影狩りがやめたか。」
「あいつが来たぐらいから魔物の数もふえたしよお。」
男たちは次々と口を開く。
「夜は特にダメだ。あいつは夜に動くから。」
「そうだ。特に祭りも近いし、こんな時に森に行くもんじゃない。」
周りの男たちも口々に同意する。
明日にしようかとも思ったが、家から持ってきたコンペートを使い切った今、どのみち今日は野宿だ。
「ご忠告、ありがとう。でも急ぐんだ。気をつけるよ。」
「ええ!?そんなにいそぐのかあ?嬢ちゃんせっかちだなあ。・・・まあ、気をつけろよ!!」
師匠も探さなければならないし、できることならハロの言う影狩り不足にも貢献したい。
することはたくさんあるのだ。
真っ直ぐに森に向かうホマレ。手にはランプと、刀を。
「やあっ!」
刀を一振り。魔物はサラサラと崩れ落ち、後にはキラキラと輝く魔星石が残る。
2時間ほど森の中を歩き、それなりの数の魔物を倒した。
「魔法を使うほどでもないな。・・・まあおいそれとは使えないが。」
森は整備されていないものの、人が通ってできたであろう道がいくつかある。それを辿ってきたのだ。
「何かキラキラ光って・・・あ!湖じゃないか!」
少し進み、ひらけたところに出る。月のあかりを反射する水面は輝き、少し不気味なほどに静かだ。
「ラッキー!この辺、魔物も少ないし、いいんじゃないか?今日はここで寝よう。」
少しせり出した木の枝の下に簡易な寝床を作り、枝を拾ってきて火をつける。
ホマレは今日屋台で買ったミートサンドを齧りながら星を眺めた。
「・・・喉乾いたな。」
カバンの中から小さな入れ物を取り出し、湖の水をすくう。
冷たくて、透き通っていて、とても美味しそうだ。
ひとくち、もうひとくちと口に運ぶ。体の隅々まで染み渡るようだ。
「ん〜!おいし・・・ぐっ!?」
入れ物にすくった水を飲み干した。その瞬間、手足の力が抜け、その場に倒れ込む。
入れ物が転がり落ちたが、拾おうとしても体が言うことを聞かない。
視界が歪み、周りだし、目を開けていられない。
「・・・大丈・?ねえ、あ・・、・・・・」
遠くから聞こえる声を感じ、目の前が暗くなる。
ホマレは意識を失った。




