歩き出す道は千里
時折、不安になるのだ。
私は本当に必要な人間であるのかどうか。
石造の街並みは色とりどりのかざぐるまで飾りつけられ、広場には屋台からいい匂いが漂ってきている。
全体的に浮かれた空気に乗せられ、自然といい気分になる。
かんざしでとめた赤いポニーテールは上下に揺れ、琥珀色の瞳はすべてを興味深そうに見つめる。
半ズボンからのびるタイツに包まれた健康的な足は、軽く跳ねたような足音をたてた。
「お嬢ちゃん!ロメ・パレス名物ミートサンドだよ!ひとつどうだい?」
「嬢ちゃん旅の人か?今ならおまけもつくよ!」
「お姉さん、お花いりませんか?」
「お嬢サマも、待ってるわ♡」
ジューシーな肉がたっぷり挟まった大きなサンドイッチ、これさえあればOKだという冒険セット。
綺麗に咲いたチューリップに、投げキッスと共にもらったチラシ(クーポン付き)
両手から溢れんばかりの荷物をかかえ、ホマレは細い路地へと入る。
「ふう・・・えっと、こっちかな?」
奇跡的なバランスで積み上がる荷物が崩れないように気をつけながら、階段を登る。
《ロメ・パレス影狩りギルド》
掠れているが、読めないこともない木の看板がそこにはかかっていた。
重い木の扉を背中全体で押すようにして開ける。
思っていたよりも広い空間は古いが汚れているわけではなく、よく手入れされている。
しかし人はおらず、扉の閉まる音だけがひびいた。
近くにあった机に荷物を置き、ポケットから小さな紙を取り出す。
何度もその紙の内容を確認して、無人のカウンターに向かう。
「あの!誰かいませんか?」
少しの間静寂が続き、バックヤードで何かが動く音が聞こえる。
しばらくすると、すごい勢いで少女が飛び出してきた。
「大変お待たせいたしました!申し訳ございません。ロメ・パレス影狩りギルドに何かご用でしょうか。」
低い位置でふたつに結んだピンク色の髪が印象的な少女は表情豊かに話す。
「ここに、影狩りとして、セラ=モントノアという男が登録されていないか?・・・探しているんだ。」
念の為、もう一度紙を見る。内容は合っている。
「・・・はい!セラ=モントノア様ですね。登録されていますよ。」
カウンターに浮かぶ魔道具に何やら打ち込み、情報を確認した少女。
「よかった!その人について、ある情報を全部くれないか?」
「はい!では、情報共有のために設定されている合言葉をお願いします。」
「・・・えっと、・・タンレイデ イケメンデ ヨウエンデ ウツクシク オモイヤリガアリ タヨリニナル オトココソ セラ=モントノア・・・。」
「・・・はい!承認いたしました。いま、資料をお持ちいたします。少々お待ちください。」
バックヤードに戻る少女。ドアが閉まったのを確認して、一息・・・
「ふんっ!!師匠の!!バカヤロウ!!!!!」
握りしめていた小さな紙をビリビリに破く。もうこいつに用はないのだ。紙吹雪はゴミ箱で舞った。
「お待たせいたしました!こちら、セラ=モントノア様に関するデータになります。」
少女は顔が隠れて見えなくなるほど分厚い書類の束を抱えて戻ってきた。
「大丈夫か?半分もとう。」
「恐れ入ります!でも大丈夫ですよ、こちらへどうぞ!」
重そうなそぶりを見せず、スタスタと歩いていく少女。
カウンターの近くの席に案内される。
「ありがとう。」
少女に椅子を引かれ、座る。少女はホマレの向かい側に座った。
「こちらが、当ギルドが保管する、セラ=モントノア様に関わる資料です。主に受けられた依頼のリストになります。」
テキパキと書類を分けながら話す少女。
「こちらが成功以来の書類で、失敗依頼は・・・ない!?です・・ね。珍しいです。素晴らしい腕の影狩りさんなんですね。」
何枚もの書類にざっと目を通す。薬草の採集依頼から魔物の討伐依頼まで、手広くやっていたようだ。
中には指名依頼も入っている。師匠は昔、『俺はそこそこ有名だった』・・と言っていたような気がするが、あながち間違ってはいないのかもしれない。
「最新依頼は・・・これか。」
ロメ・パレス周辺の魔物討伐 報酬10000コンペート
受注日 2428年 4月18日
完了日 2428年 4月20日
「今、光歴何年か、わかるか?」
「今は2439年ですね!」
「ありがとう。11年前か・・そうか。」
次々と書類をめくっていく。山のような書類は減る気配がない。
しばらく時間をかけて他の書類も全て見たものの、何か役に立ちそうなものは見つからなかった。
「書類確認まで手伝ってもらってすまない。時間を取らせた。」
「いえいえ!大丈夫ですよ。お手伝いできてよかったです。」
窓から差し込む光はオレンジ色になり、肩の凝り具合からも、長い時間の経過が感じられる。
「忙しい中、ありがと・・・う。」
途中まで、いやほぼ全て言ってから気づいた。今日1日、他に訪ねてくる人がいなかったことに。
「えへへ・・全然、忙しくないので。」
少女はにこやかに笑った後、少し目をくもらせた。
「いや・・えっと・・すまない!ちがうんだ皮肉とかじゃなくて・・!!悪気はないんだ、本当に。」
「あはははっ!そんなに焦らないでください。私も本当に、何も思っていませんから。」
「本当にすまない。あ、広場にポスターが貼ってあったぞ、もうすぐ風と炎の祭りなんだろ?みんなそっちで忙しいんだ!そうだろ?」
風と炎の祭り、ロメ・パレスのあるローゼリア王国の中でも大きなお祭り。たくさん上がる花火はローゼリア王国の春の風物詩だ。
「ふふ、本当に、気にしないでくださいね。確かにもうすぐお祭りですが、当ギルドが寂れているのはもう数年前からのことなので・・。」
口元に手をあててクスクスと笑う少女。少し気が楽になる。
「そうなのか・・・。その、何かあったのか?」
「数年前から、ロメ・パレス周辺の魔物の数が増えたんです。それで、影狩りになる人より、引退する人の方が増えてしまって。」
「影狩りが、少ないのか。師匠は影狩りは人気の職だと言っていたのに。」
「この、スターリア大陸全土では、まだまだたくさん影狩りさんはいらっしゃいますし、人気のある職業だとも言えますよ!ただ、ロメ・パレスの影狩りさんが少ないだけで・・。」
書類を片付けながら少女は話す。
「影狩りさんが少なくて、ただでさえ多い魔物が増えて、その魔物に怪我を負わされて引退する影狩りさんもいらっしゃるんです。」
「負の連鎖ってやつだ・・・な。」
「ええ。本来当ギルド管理者である私がどうにかすべき問題なんですけどね・・・。依頼をこなしてくださる影狩りさんがいないので、ギルドが手を打てるだけのコンペートも捻出できません。」
苦しそうに笑顔を浮かべる少女。
「私も、いくつか依頼を受けることはできるか?」
「えっ!?」
「影狩りとして登録すれば、依頼を受けられるのか?」
「よ、よろしいんですか!?その、危険なお仕事ですので、あまり、その、あの、当ギルドのことは放っておいても大丈夫ですので・・・!」
「安心してほしい。師匠に剣術を叩き込まれているから、多少の魔物なら大丈夫!それに・・・。」
ホマレは机の上に大量に置かれた荷物を指差す。
「コンペートも使い切っちゃったんだ。」




