未来の壁
「アーヴィ様は今、迷っておられる…」
「迷ってる…何をだ?」
ナトリは言いづらそうに顔を歪めるがすぐに口を開く。
「アーヴィ陛下はご子息の…シルマ殿下の事でお悩みになられている…シルマ様は帝国の王位継承者であらせられる、が帝国の積み上げてきた威光と屍とを一身に背負い込むには…まだ…若いと言うのも事実だ…周りの貴族や軍属の者に良いようにたぶらかされてしまうやも…いや事実アーヴィ陛下を亡き者にしようと毒をもってしまった…」
療養中で帝位から退いているとはいえアーヴィが皇帝であることには変わりない、その皇帝を毒殺しようとした訳なのだから普通に考えれば迷う事無く即極刑が普通だろう。
「息子には甘くならざるを得ない…皇帝である前に一人の父親だったか。」
俺の不敬ともとれる物言いにナトリは眉をひそめる、が俺は開き直ったようにナトリを見返すとナトリはそれ以上俺を追求してくることは無かった、恐らくナトリにもこの件に対して思うところはあるのだろう。
「これまでであればアーヴィ陛下の力でそう言った不敬な反対勢力がシルマ殿下に近づくことは無かった、だがあのソーヤという勇者とアンナとかいう聖女そいつらが持つ圧倒的な実力と帝国に貢献したという実績がそれを崩した、アーヴィ陛下を良く思っていない貴族達や軍属の者達が一斉にシルマ殿下に吹き込んだのだアーヴィ陛下は悪であると。」
「…それで何故そんなことを俺に?」
「陛下は普段周りに意見を求めることはしない、だが今回の件に関してはお前も深く関わっている陛下はお前の意見も聞きたいと仰っておられる、近いうちに声がかかるだろうから、万が一の事が無いよう前もって伝えておいたのだ。」
苦々しい顔でそう言ったナトリの横に一人の使用人が歩み寄り耳打ちをする、ナトリは特に表情を変える様子もなく頷くと使用人を下がらせた。
「明日だそうだ、お前も予定を開けておけ。」
何がとはもはや聞くまいアーヴィとの面会があるのだろう、ポっとでのしかも他国籍の罪人を中枢に雇い入れ意見を求めるとは…俺が乗り込んだ船はどうやらずいぶんな泥船だったようだ。
翌日使用人に呼ばれるままアーヴィのいる玉座の部屋に行くと雰囲気がいつもとは違い武装した兵士達がずらりと並び帝国旗を掲げていた、どうやら思っていた以上に大事らしいと気を引き締める。
「来たか…ケイ!」
珍しく帝国の鎧をきっちりと着て玉座の横に控えたナトリが声をかけてくる、玉座まで一直線に敷かれた紫色のカーペットの両脇に整列した兵士達の真ん中を歩くと俺が通り過ぎた順に膝を折り屈んで行く、足を進めるごとに膝を折り身をかがめる兵士の鎧がガシャリと音を立て荘厳な雰囲気をさらに増させる。
アーヴィまで後数メートルと言うところで俺も他の兵士同様膝を折り頭を下げる。
「よい、面をあげよ。」
アーヴィは短くだが威厳のある声で言い放つと一斉に兵士達が立ち上がる、俺も見よう見まねで周りにあわせて立ち上がると脇に控えていたナトリが鎧を手に持ってこちらに歩み寄ってくると同時にアーヴィも口を開く。
「元王国民であるケイよ、貴様を帝国に迎え入れよう!我が騎士団の一員として存分にその勤めを果たせ!!」
ナトリが兜や手甲など鎧一式を俺の目の前に置く、なるほどコレは俺の任命式だったのかと今更ながら俺は合点がいく、帝国式のマナーや立ち振る舞いを使用人に聞いておいて良かったと思いながら俺は鎧一式から兜を取ると足下に置き右足で踏みつけ身を屈め再度頭を下げる、ちなみに兜を踏みつけるのは同胞の死さえ踏みつけ超えていくと言う意思表示なんだとか。
「真冬の深山の如く冷徹に屠る我が帝国の剣となれ、真冬の深雪の如く祖国を覆い守護する我が帝国の盾となれ。」
アーヴィが騎士団の刻印の入った剣の刃の方を俺に突き出してくる、俺は刃を掴むと力を込めてアーヴィから引っ張り抜く、帝国の任命式は血を流そうともこの刃を掴み剣を受け取らねば騎士とは認められないんだそうだ、まあこの程度の剣なら俺から血が流れることはないのだが。
「…傷一つつかぬか…流石だな。」
俺は頭を下げ剣を受け取ると後ろに下がる、カーペット脇に整列した兵士の列に一つ空きがあるのを見つけ俺は早足でそこに入ると脇に転がっていた旗を持ち他の兵士と同じように旗を拾い上げる。
「余は…これから帝都に戻る!シルマとは少し話をしないとならないようだが…処刑はしない。」
アーヴィの宣言に兵士達は若干動揺したようにザワつく、だがアーヴィが再び口を開こうとしたことですぐに収まり静かになる。
「確かに貴様らが言いたいことはわかる…だがこれは決定事項だ、シルマの手綱は余がしっかりと握り言い聞かせる…それでも…それでもダメだった場合…余も覚悟を決めよう…故に納得がいく者のみついてこい。」
その言葉を聞くや兵士達は一斉に膝を突き忠誠を誓う、ここで帝国の、アーヴィ・タリウスのそして帝国の方向性が固まった、俺は一抹の不安を胸に同じように膝を突くのだった。




