違和感
朝、窓際から伝わる冷気に身を刺され目が覚める、異国の地で明日も知れぬ身ではあるもののある程度の秩序に支配された空間であるという認識は俺を油断させ熟睡させるには十分過ぎる理由だった。
ゆっくりとベッドから体を起こしながら全身に魔力を循環させる、魔力の存在を認知してからはほぼ日課になっていたが最近はそれどころではなかったのですっかり忘れていた、いつも通りつま先から脳天まで流すようなイメージで魔力を操作するがどこか魔力が重く上手く流せない、普段ならほぼ無意識でも出来たのだがいつも以上に意識的に魔力を動かさなくてはとてもでは無いが全身を循環させることが出来そうに無い。
ふと気になり随分前にアルスから貰ったステータスカードを取り出して見るとレベルの欄が五に下がっていた、ミハイとニシャトにレベルを譲渡したときは十レベルだったはず、となれば恐らく法国の魔道具のレベルダウンの影響だろう。
レベルが五も下がってしまったのは非常に不味い、他にも悪い影響が出ていないかとステータスカードを眺めるが「踏破者」と「カリスマ」と「眷属」、「躁血」があるくらいで特に変化は無かった、「眷属」の欄を詳しく調べたところミハイとニシャトはどうやら無事なようだ、最低限の情報しか書かれていないが生きているのであればあの二人の事だし問題はないだろう。
以前であればミハイ達が側に居たから多少レベルが下がっても良かったが今は一人だ、レベルが五では少し心細いような気もする、早急にレベリングをするか新たに手駒となる眷属を増やさねばと頭を悩ませていると部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。
「もうお目覚めでしたか、急なお呼び立てで申し訳無いのですが我が主タリウス陛下がお目覚めになられましたので是非容態を見て頂きたいのですが。」
従者の男は口調こそ丁寧だが俺が断ると言う選択肢をとれないと分かっているといった態度できっぱりと言い切ると扉を開け案内を始める、特に反抗する理由もないので俺はついて行くことにした。
門のような大扉の前に着くと男が力一杯押し開ける、なかはかなり広く作られてはいるものの中央にある巨大なベッドのせいで実際よりも狭く見えてしまう、ベッドには二メートルは優にあろう初老くらいの大男が医者であろう数人に囲まれいくつもの管に繋がれて横たわっていた。
「ナトリ様こちらにお客人をお連れしました。」
従者の男はそうナトリに告げると部屋を出て行った、ナトリは俺に向けてこっちに来いとジェスチャーをするので俺はベッドの方へと歩み寄る。
「来たか、陛下新たに医者を連れて参りました!」
ナトリは少し悲しそうな憂いを帯びた表情でベッドの方を見る、タリウスはゆっくりと体を起こすと面倒くさそうに目を細めこちらを見てくる。
「ナトリよ…もう医者は良いと言ったはずだが?」
枯れ木のような肌に落ち窪んだ眼をしたその男は声こそしわがれ小さい物だったが、身に纏う覇気は病床とて間違いなく王者のそれであった、その気迫は生来のものだろうか?死にかけのその男の圧に少し気圧され無意識に身を少し引いてしまう。
「ですがっ!…この男は以前私が話した通り変わった血の魔法を使うのです、もしやと思いここまで連れてきましたのでせめて軽く見させて頂けないでしょうか!」
ナトリの鬼気迫る懇願は周りに居た医者共を動揺させるには十分すぎるものだったようで少しざわついている。
「ナトリ殿?!何処の誰とも知らぬものに我らが陛下の容態を見せるなど言語道断ですぞ!」
医者の一人がナトリの前に飛び出し怒気を孕んだ声でまくし立てる、ナトリも負けじと反論をしようとするがそれをタリウスが手を上げ遮る。
「黙れ…耳に刺さるわ…それで小僧、名は?」
頬杖をつきこちらを真っ直ぐ見据えて話しかけてくるタリウスに対してゆっくりと片膝を床に付き顔を伏せ名を名乗る、生憎俺は帝国式の最敬礼は知らないので俺の知っている王国式で勘弁して貰うしか無い。
「ケイと申します。」
「ほぉ、王国式か…懐かしいものだな。」
タリウスは何かを懐かしむ様に少し笑みを浮かべるが唐突な咳き込みによってそれは遮られてしまう、なかなか咳は止まらず最終的にガッと血の塊を吐き出すことでそれは治まった、周りに居る医者は慌てふためくが再度タリウスはそれを諫める。
「大事ない…それで坊主、お前に何ができるというのだ?」
「そうですね…少しその吐いた血を頂けますか?」
ナトリも医者達も皆一様にギョッとした顔をする中俺は至極真剣な顔でタリウスの顔を見つめる、タリウスは俺を少し睨んだ後フッと笑うと横に立つ医者に顎をしゃくって血を持っていくよう指示した。
俺は血を手で受け取る、血の腐る奇病とはよく言ったもので本当に血が腐っているかのように黒ずみ悪臭を放っていた、俺は躁血を発動しその血を一旦指先から出した血に混ぜ体内に取り込む。
指先に意識を集中させ異物と血液のみをより分ける様に魔力を練り送り込む、指先がとてつもなく熱く発熱しその数分後濃縮され悪臭の増した黒いヘドロの様なものが指先から噴水の様に吹き出す、物珍しげに俺の「躁血」を見ていた面々は唐突に吹き出した黒い膿のようなものに心底驚いた様で軽く悲鳴を上げたものもいた。
「いま私の持っているスキルで血と腐った部分を分けてみました、完璧ではないものの大方腐った部分を排除することに成功しました、完治までいくかどうかはやってみないと分かりませんが少なくとも延命は出来るかと…」
俺はボケッと突っ立て居る医者の服に手をこすりつけ膿を落とすと眉を上げタリウスを見る、人差し指を立てて続けざまに俺は口を開く。
「あと状況を確実に良くする方法がもう一つあるのですが。」
「許す、申してみよ。」
俺は恭しく頭を下げると先程立てた一刺し指をそのまま医者の一人に向ける。
「コイツらの首飛ばす事ですかね。」
「…小僧どう言う意味だ?」
如何にも抗議したそうにこちらを睨む医者が騒ぎ立てる前にタリウスが目で制する、医者共と同様にナトリも心底訳がわからないと言った表情を浮かべこちらを見ている。
「その管を通ってる液体?それ毒です、それにそこの何人かの癒やし手が回復を同時にかけてるからかなり分かりづらくなってるみたいだけど…ね?」
俺は二チャっと嫌な笑みを医者達に向けると、何人かは発狂したかの様に拳を振り上げ俺めがけ殴りかかって来た、もう少し言い逃れするものと思っていたからいきなり突っ込んできたのは少し驚いたがすぐに「躁血」でピアノ線ほどの血の糸を展開して飛びかかって来た数人を細切れのミンチに変えてやった。
飛び散った臓物を踏みつけながら躁血で飛び散った血を吸収する、俺に向かってこなかった癒やし手の女数人は腰が抜けたのか座り込んで涙目でガタガタ震え誰似向けてか分からない許しを譫言のように言っていた。
数人残ってくれたのは幸運だった、後は拷問でもなんでもすれば俺の言い分が正しいのは分かるだろう、取りあえず俺はグチャグチャになってしまったこの場をどう弁明し乗り切るかに頭を使うべきだなと考えをリセットし口を開くのだった。




