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人たるべく  作者: 絵目リア
1章 タリウス帝国
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温もりの雪



 甲高い馬の鳴き声が聞こえると馬車の動きがゆっくりと止まる、御者が扉を開けると刺すような外気が入り込んでくる、脹ら脛まで埋まってしまう程積もった雪を踏みしめ目を細めたくなる一面真っ白の世界に飛び込む。



それまで走っていた馬二頭の体からはもうもうと湯気が出ており鼻息もかなり荒い、白銀の世界に次第に目が慣れてくると眼前にそこそこの大きさの建築物がそびえていることに気がついた。



「行くぞ。」



ナトリの無機質な声にハッと我に帰る、人生で初めての光景に自分でも知らないうちに心を奪われ浮かれて居たのかも知れない、この分だと砂漠や海なども俺の想像を遙か超え、雄大なものなのだろうと想像が広がる。



鉄柵でできた門が開き雪に覆われた庭を抜けると古いが高級感のある造りの舘にたどり着いた、いくつかの窓から漏れる橙色の光りにはこの場が寒いせいなのか何処か暖かさを感じる。



ナトリと俺を出迎えた従者風の男は雪に塗れた二人分の外套を預かると替えの室内着を持ってきてくれた、ローブの様なデザインで背にはタリウス帝国の紋章である熊が刺繍されていた。ナトリはその部屋着に袖を通すなりどこかへ行ってしまった、俺はどうすれば良いのかと考えていると従者風の男に案内で客間と思われる一室に通された、これまた造りの良い椅子に腰掛けていると茶と軽いお茶請けを出された。



「これは…?」



俺は隷属の首輪をはめられた人間で言わば奴隷のようなものだ、それに対して不自然な程の手厚い待遇に俺は思わず首を傾げ従者風の男に尋ねる、すると男は茶葉の産地や茶請けの製法や素材を人の良さそうな笑みと共に教えてくれた。



「いや…すまないそういうことじゃ無くて…なぜこんなに良くしてくれるんだ?」



男はキョトンとした表情になり俺の首元の首輪をちらっと見やると口を開く。



「客人へのもてなしは代々帝国の基本です…それに陛下の病魔を治す為にわざわざ遠くから来られたのでは?私どもはそうナトリ様から聞いております故、そこに身分、人種、その他諸々の如何なる要素があろうともあなた様を邪険に扱う理由にはなり得ません。」



男はニカッと笑うとこちらに会釈をする。



「現在陛下はお休みになられております、陛下の容態次第ではありますが都合が合い次第こちらからお声をかけさて頂きます、何かご入り用であればこの舘の使用人に言って頂ければ大抵の物は用意できるかと思います。」



もう一度深くお辞儀をし男は部屋から出て行った、見るに一式の家具はそろっている様で不便はなさそうだ、茶請けを頬張り茶で流し込むとベッドに体を投げる。馬車での長旅は流石に堪える、今日のところはゆっくり寝させて貰うとしよう。





 ケイ様が死んだという話をアルス様から聞いてから明らかにミハイ姐さんはおかしくなってしまった、最初の数日姐さんは滝のように涙を流した、どこぞの国では相手を想う気持ちのバロメーターとして流した涙を壺に貯める風習があるらしいがそれをしようものなら壺がいくつ必要になっただろうか、そんな勢いで一人部屋に籠り号泣した。



その数日が過ぎると今度は烈火の如く怒り出した、同じくケイ様の眷属としてこのニシャトも姐さんの気持ちはわかるつもりだ、恐らくこの怒りは主を失った自身への不甲斐なさからくるものだろう、ケイ様にレベルを分けて頂いたにも関わらず肝心な時にお傍で力になることができなかったという事実には俺も心底打ちのめされた、だが姐さんの比では無かった。



アルス様の計らいで作ってもらった防音&防御用の結界は姐さんの怒りの暴走により既に数十は砕かれた、日々地鳴りのような轟音が姐さんの部屋から悲鳴のような絶叫とともに数日間響き渡った。



それから幾日たっただろうか?ある日からパタリと音がやんだのだ、ふと俺は姐さんの考え得る最悪の状況が脳裏に浮かんだ、背筋が凍り神にも縋る思いで全力で部屋まで駆けて行きそのままの勢いで扉を蹴破った。



姐さんは黒い布に顔を突っ込んで尺取り虫の様なくの字で地面に突っ伏していた、取りあえず息はしているようだし死んでは居ないようだったので軽く一息つく。



「…ニシャトですか、どうかしましたか?」



布だと思っていたそれはケイ様が生前よく着ていた肌着だった、それから名残惜しそうに顔を離すとゆっくりとこちらを振り返り話しかけてくる、頬はこけ目の下には深い黒が色を落としており、床に置かれた食事はとうに腐り干からび虫がたかっていた。



「ね、姐さん…大丈夫…ですか…?」



姐さんの目は酷く濁っており俺を見ている筈だろうにどこか焦点が定まっていないようで全く視線が合わない、そんな様子に自分でも驚くほど恐怖しながらもなんとか姐さんを労る言葉を捻り出す、なにか一つ言葉を取り違えたら姐さんが死んでしまうようなそんな気がした。



「…?大丈夫ですが?…そんなことよりケイ様が待っていますよ?」



「えっ…?」



姐さんはズルズルと体を引きずると時間をかけてゆっくりと立ち上がる、下手な男よりも身長の高い姐さんは俺を見下ろすような体勢になると首を傾げながら笑う。



「ケイ様がお帰りになる準備をしなくては…、我々は眷属でしょう?」



あぁ…この人はこの数日でとっくに壊れてしまったんだ…濁りきった目から血の涙を一筋流しながらそれでいてその口は空虚に弧を描くようなからっぽの笑顔を浮かべていた。



「…俺はもう少しここでアルス様に鍛えて頂きます、その方がゆくゆくはケイ様の為になるかと…」



奥歯を噛みしめ血が流れるほど拳を握りそう言い切る、それを聞いたミハイは無感情に「そう」とだけ言うと窓から身を投げた。



俺が息を飲み窓際に駆け寄ると既に姐さんの姿は何処にもなく、ただ夕暮れの空に狂った鴉が数匹羽ばたき消えていった。






総合ポイント200を超えました、正直ここまで皆さんに見て頂けると思っていなかったのでとても驚いています、感謝を伝えるのがだいぶ遅れてしまいましたが本当にありがとうございました。

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