変調
ジェスターのおっさんからいくつか武器を売って貰った、相変わらず仕上がりは微妙だったがロッテンネイル一本で戦うよりは安心できるし何より多くの武器に慣れることが出来るので良しとしよう、前回の反省を踏まえむき出しで武器を持つような事は流石にどうかと思い大きめの袋に包んで貰った。
そこそこの重みになった袋をガシャガシャと金属のぶつかる音を響かせながら家路につく、体力は血を吸ったおかげがそこまでではないが今日一日分の気力はレームとの戦いで使い切ってしまったようでとにかく早く帰って寝たい、暮れかけの太陽を背に最短ルートで家に向かいたいがどうやらそうも行かないらしい。
店を出た辺りから一定の距離をあけてついてきている奴がいる、家までついてこられても面倒なのでパッと身を翻して裏通りに素早く入る。見失うことを恐れたのか足音は隠そうともせず駆け寄ってくる。
「どちらさん?」
裏通りの角でロッテンネイルを構え駆け込んできた人影に突きつけながらそう問いかける。
「いやはや冗談が過ぎたな…すまんなケイ殿。」
「レース…さん?…どうしてここに?」
レースは両手をパーをつくり降参のポーズをとりながらこちらに話しかけてくる。
「レースで構わん…説明は苦手でな、ケイ殿はこの後予定でも?無いようであれば付き合って貰いたいのだが…」
レースは少し申し訳なさげにそう言う、家に帰りたいがそれを予定かと問われるとそうとも言えないので俺は渋々承諾した。
※
レースに連れられ着いた場所は王都でも指折りの高級宿だった、家なんてものは最低限の雨風をしのいで寝に帰るだけの場所だという俺の考えからはかけ離れた建造物ではあったが、いざ中に入ってみれば高級である理由とその価格設定でも経営の続いている理由がわかる。
上品な仕立ての服を着た女店員が歩み寄ってくるがレースを見るやすぐににこやかな笑顔を浮かべ案内を始める、すぐに他の店員も歩み寄ってきて俺とレースの上着を脱がせて預かってくれる。
「こんなとこに来られるほどの手持ちは無いんだが?」
軽く首を傾げながらレースに向かって言うとレースも笑って返す。
「当然我々が持たせて貰おう!」
レースはドンと胸を叩き高らかに宣言する、俺も喜んでその心遣いに甘えさせてもらおう、我々というのが少し引っかかるが…。
レースに案内され歩いているとどうにも視線が刺さる、殺気や敵意とまでは行かないが明らかに闘志を含んだ奇異の視線を感じる。
「レースこれはなんなんだ?」
俺は視線を送っている奴らを顎で指しながらそう言う。
「あぁ…すまないなケイ殿アレは自分の部下達だ、どうも我々の試合を見て滾っているようで…気になるなら止めさせるが?」
原因不明の視線ほど気持ちの悪い物はないし理由が分かりさえすれば納得もできる、レースは部下達にかなり慕われているようだし特に気にもならないので別に良いと伝える。
そんなことをしている間に目的の部屋に着いたらしくレースが扉をノックする、独特なテンポでのノックだったので何かの符丁かも知れない。ゆっくりと相手を確認するように扉が開くと中から従者風の女が出て来る。
「そちらの方は…?」
「こちらがケイ殿である。」
女の問いかけにレースが応えると女は少し驚いた様な表情をした後部屋に入れて貰えた。部屋の意匠は恐らくこの宿の最高級な仕様だろうと思われるほど格式高い仕上がりで腰掛けたソファーも体が深く沈み込む心地の良い座り心地だ。
「それでそろそろ用事を聞かせて貰っても良いんじゃ無いか?」
「…実は我々の試合を見ていた我が主が是非ケイ殿と話をしたいと仰るので呼ばせて貰ったのだ。」
そう言えば試合前にレースは近衛隊の隊長と言っていたし使える主がいるのも納得できる、相手は法国のお偉いさんなので王国側の人間、ましてや学生に近衛兵が負けたとなれば問題なのだろう。
出して貰った紅茶を飲んでいると扉が開き男が入ってくる、動きやすそうな服を着ているがよく見なくともその材質の良さや仕立ての完成度の高さが窺える。反面筋肉質で髭を蓄えてる姿は俺の想像しているお偉いさんとは少し離れていた、レースは男が入って来るやいなや勢いよく立ち上がったので俺もいちようあわせて立っておく。
「おう待たせたな、遅れたのはこっちだまぁ楽にしてくれや。」
男はどっかりと対面に座ると足を組んでこちらに手を伸ばしてくる。
「トリゲル・カエターニだ、お前がケイだな?よろしく頼むぜ。」
カエターニと言うくらいだからレナートと同じく法国の王族なのだろう、余りにもかけ離れた身分の相手に握手はどうなんだと思うが相手からしてきた事だと割り切って握り返す。
「まさか初戦でうちのレースが負けるとは夢にも思わなかったぜ?」
トリゲルは俺とレースの顔を交互に見ながらそう言うがそこに嫌みは感じられない、単純にそう思ったから言ったのだろう。それにこのトリゲルと言う男も強さがにじみ出ている、レースや俺ほどでは無いにしろ心得程度はあるようだ。
「長ったらしいのは性に合わねぇし単刀直入に言わせて貰おう、ケイお前法国に来ないか?」
「…それは命令ですか?」
この宿は言わば臨時の法国大使館のようなものでこの宿には法国の人間が非常に多いつまり俺は今圧倒的にアウェーなのだ。
「ただの勧誘だ、それにな本音を言うどの国出身でどんな身分かとか俺は煩わしくてなそういうの関係のない集団で気楽にやりたいだけだ、今王国とウチの国がきな臭くなってるみたいだが正直どうでも良い、近いうちに国もでるつもりだしな。」
トリゲルは悪びれもなくそう言い切る、王族が国を捨てるという言うのはそこそこ危険な発言だとは思ったが本心故に出てくる言葉なのだろうと感じた。
「何故俺なんですか?」
俺が聞くとトリゲルは大きく声を上げて笑う。
「何故とはな…お前も面白いことを言うな、お前は俺の懐刀であり法国の近衛第二隊の隊長のレースを倒したんだそれも学生の身でな、何処の誰でも欲しがる人材だろう。」
面と向かって言われるとどこか小っ恥ずかしいが悪い気はしない、現状王国には潜り込むことが出来ている、加えて新しく法国にも潜り込む手段が手に入りそうなのはありがたいが両国の関係を考えると二者択一だろうしこれはアルスに報告してからの方が良いだろう。
「トリゲル様が法国を捨てるとは言っても俺がついて行けばそれは法国へなびいて王国への背信だ言われても不思議はありません、とてもこの場だけで決める事は出来かねます。」
「至極当然だな勿論答えを急ぐつもりはねぇよ、だが我々法国の人間が王国に滞在できるのは武闘大会期間中だけだろうよ…返事はその間に頼む。」
トリゲルはそれだけ言うと手を二回叩く、唐突の事で俺が面食らっているとレースが食事の準備の合図だと教えてくれた。
「堅苦しいのはここまでにしよう、もう時間も遅い晩飯を用意させるから食っていってくれ、部屋も一つ取らせてあるから今日は泊まっていけ…まぁお前の国の宿ではあるがな。」
俺は感謝を伝えトリゲルの心遣いに甘えることにする、使用人が食事を持ってくるのを待っている間にレースとの試合についてトリゲルも交えての雑談をしたがなかなか盛り上がった、特に法国特有の付与魔法の応用力の高さにはとても驚かされた。
部屋の扉が開くと二人の男が入ってくる、片方は以前会ったレナート・カエターニだもう一人は姿を見るに恐らく護衛かなにかだろう。
「何しにきやがったんだ兄貴?」
トリゲルは明らかに機嫌を損ねたようにレナートを睨み付ける。
「お前の一番の部下が負けたんだぞ、そのままにしておいたら法国の面子は丸つぶれじゃあないか?」
レナートの言葉をきき俺は腰のロッテンネイルにそっと手を添える、レースやトリゲルも警戒しているようで身構える。レナートは少し呆れた様な表情をすると部下らしき男から箱を受け取り俺に差し出してくる。
「ケイと言ったか?貴様は我が法国が抱える近衛隊の一人を打ち破った、偉業には褒賞を与えるのは貴人の勤めだ、勤めも果たさず部下もやられたとあればこれ以上の恥はあるまい?受け取れ。」
俺はロッテンネイルから手を離すとレナートから箱を受け取り開く、中には宝石などがふんだんにちりばめられた籠手だった、高価な物なのだろうが…コレを付けようとは思わない。
「ほぅ兄貴にしてはまともな事をするもんだ…どういう風の吹き回しだ?」
トリゲルは訝しげにレナートに詰め寄っている。
「その籠手には法国の得意とする付与魔法をかけてあるのだよ、かなり特殊で法国でもなかなかない逸品だ…」
俺は籠手に軽く触れる、宝石の無機物特有の冷たさが指先に伝わると同時に籠手は意思を持ったかのように俺の手に装着される。
「なっ?!」
驚きのあまり声を上げてしまう、籠手は勝手に動き始め右左互いの手をがっちり握るとドロドロと溶け俺の手を上から覆い一つになり固まってしまう。
ぱっとトリゲルを見ると俺と同じように何が起きたか分かっていないようで目を見開いている、次にレースを見ると喉元から剣が生えていた、レナートの護衛に後ろから刺されている。
「クソッ?!」
眼前のレナートは不敵な笑みを浮かべている。
「どういう事だ?!」
トリゲルはレナートに向かって絶叫の如く声量で問う。
「どう言うこと?」
レナートはそう聞き返しながら手で首を切る動作をするとトリゲルの後ろか音も無く護衛がトリゲルの首を切り飛ばす。
「こういうことだ愚弟よ。」
俺は固定された腕でロッテンネイルを引き抜くとレナートめがけて突っ込む、が簡単に避けられてしまう。
「馬鹿かお前?その籠手にはレベルダウンと魔封じを付与させてある、いくらお前がレースを倒したとはいえ今のお前なら俺でも素手で殺せるんだよ。」
レナートが拳を振りかぶった姿が俺の視界に捉えた最後の光景だった。




