腐った釘
俺は当日に控えた武闘大会の為に武器を新調すべく例のおっさんの武器屋に向かっていた、以前ボロ小屋のような様相を呈していた店はすっかり小綺麗な新店舗になっておりジェスター鍛造屋と手製の看板が下がっていた。
あのおっさんの名前知らなかったなあと思いながらドアを押して中に入った、新家特有の木の乾いた匂いが鼻腔をくすぐる。
「おーいおっさん!いるんだろ?」
カウンター越しに声を張り上げ店主を呼ぶと奥から足音がこちらに近づいてくる。
「あら坊やどうしたの?ここにはまだ売れるようなものは無いわよ?それとも迷子かしら、それなら地図をもってくるわよ。」
頭にタオルを巻いた三十代くらいの女性が微笑みながら首を傾げてくる。
「あ…いやあのここの店主に会いたいんだけど…」
俺は戸惑いながらも要件を伝えるが女性はにこやかに微笑んだままでまともな応対をしてくれそうにない、ついには迷子認定が彼女の中で確定したらしく奥に地図を取りに行ってしまった。
俺は眉間に手を当てため息をつく、いかにこの少年の身体が不便か思い知らされる。得も言えぬ無力感に苛まれていると奥からおっさんと思われる怒鳴り声が聞こえドタドタと走ってくる音が響いてくる。
「ケイか!すまない!本当にすまない!」
息を切らしながらカウンターに手を付いて頭を下げるおっさんをなだめると後ろから先ほどの女性が驚いた顔をして飛び出してくる。
「え!嘘!じゃああなたが言ってた出資者って…この子なの?!」
女性は口に手を当てて軽く悲鳴を上げる。
「あぁ…お前が追い返してくれようとしたこの少年が俺も…お前も救ってくれた出資者だよ…。」
※
俺は奥の部屋に案内されると簡単な茶請けと紅茶を出された、そこでこの女性がおっさんの元妻であり資金難で身売りの奴隷になっていたこと、俺の金で身請けをするに至ったことなどを聞いた。
もう幾度目になるかという両名の涙ながらの感謝の言葉を受け取りながら制する。
「まぁなんだ…良かったなおっさん。」
「あぁ…ありがとう、それとこれを受け取って欲しくてな。」
おっさんは雑に目元に貯まった涙を拭き取るとこちらに黒い刀身をしたレイピアの様なものを差し出してきた。
「これは俺の父が打った剣なんだが刃こぼれが酷かったもんで打ち直しをしたんだがちょっと焼きすぎてな…」
俺はレイピアを受け取ると軽く振ってみる。
「今までの武器からすればかなり良いできじゃ無いか?」
「親父は良い鍛冶屋だったからな…ただそのレイピア元は大剣だったんだ。」
俺はギョッとしておっさんを見るとおっさんは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「仕上がりに納得がいかなくて…何度も打ち直してる間に、その~なんだ…。」
「大剣がレイピアになったと…」
「ただ!ただ!俺の腕はド三流だが素材は本物だぞ!よくは知らんが魔物か魔族か由来の素材…らしい!元の銘は杭だった、良ければケイが新しく銘を付けてやってくれないか?」
俺はレイピアを眺める。
「杭とはもう呼べない細さだし杭ってよりは釘だな…刀身も焼け焦げてるし…腐った釘しようかな。」
「良い…銘…なのか?まぁ恩人の命名に口は出すまいよ、いま銘を掘ってくるから少し待っててくれ。」
駆け足で鍛冶場に向かうおっさんを眺めながら紅茶を貰う。
「あなた貴族様なの?随分お金持ちだし…その服も学園の制服も上のクラスみたいだし…」
「いいえ奥さん確かに上級のクラスですが貴族じゃ無いですよ。」
「そうなの…凄いわねまだ若いのに…」
運が良かっただけ、その言葉を飲み込むと俺はテーブルの上に袋を置く。
「これは?」
「今回の武器分のお金ですよ。」
奥さんはにこやかに笑うと袋を押し返してくる。
「あの剣はジェスターと私の気持ちよ、これは受け取れないわ。」
「…俺はちょっと前にある貴族といざこざを起こしましてね、その貴族はここら一帯の店では影響力を持ってたらしくて買い物どころか入店すら断られる始末でして、その時に俺に武器を作ってくれたのがここのおっさ…ジェスターさんだったんですよ。」
奥さんは驚いた顔をした後に俺の手を握ってくる。
「そう…大変だったのね…」
「まぁ自業自得と言えなくもないんですが…だからこれは俺の気持ちですよ、それにこれからまたお金がかかる時期でしょう?」
俺は奥さんのお腹に目をやりながら袋を再びテーブルの真ん中に寄せる。
「…貴方には感謝しても仕切れないわね、この子の名前も一緒に考えて貰おうかしら?」
慈愛を感じさせる優しい動作で自身のお腹を撫でながらそう言う奥さんに俺は同じく微笑む。
※
「危うく遅刻するところだったね?」
ジェスターから腐った釘を受け取った後に武闘大会の開会式の会場に急いで参加した、既に生徒会の他のメンツは特別に設けられた席に着席しておりウィルから軽い嫌みが飛んでくる。
「悪い、武器を受け取ってて遅れたでもまだ始まってないだろ?」
「まぁギリギリセーフかな?」
アンバーが手でOKサインを作ってニッと笑う。
「対戦相手の組み合わせはもう見たか?」
ルークの問いかけに俺は首を振るとため息をつきながら一枚の紙を手渡してくる。
「お前の初戦は法国の生徒だぞ、まぁ同じ王国の生徒と当たらなかったのは俺と違って運が良かったのかもな。」
俺は紙を軽く見るがどうやら学校ごとの括りは無いようで中には同学生徒どうしで当たっている所もあった、さして興味も無いので俺は軽く礼を言ってルークに返す。
各学校代表の挨拶が終わり会場の熱気も高まってくる、生徒会代表でオスカーも軽い言葉を述べ、同様に法国側も先日あったレナートが形式上の挨拶をしていた。
「レナート・カエターニ最高指揮杖者…指揮杖者ってのはどういうことだよ?」
俺が誰に向けた訳でもなくそう言うとメイが口を開く。
「法国では権力の象徴として杖があるんです、その中でも指揮杖といって軍隊や宗教団体に対して絶対的な権力と命令力を持つ杖が法国の王族には与えられるんです。」
「『杖にこそ信仰が宿り、力もまた然り』法国での基本的な理念だな。」
メイの説明に合わせるようにルークも口を開く。
「なるほどな。」
試合の開始を告げる鐘の音が会場に響き渡る、同時に観衆の声援で会場は割れるような音で満たされる。
「んじゃ行ってくるわ。」
ルークは自然体のまま席を立ち試合会場へと向かっていった、腰の剣を押さえる腕に血管が浮かんでいるのは緊張か興奮から来るものなのかは本人にしかわからなかった。




