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普通科校舎で、窓枠を掴みながらベンチを見下ろして以来卯木は名簿を頼りに、ひたすら普通科校舎を歩き回った。
廉条に入り浸って確認した名簿録は、さすが歴史ある名家と言った感じたっぷりの重厚な物が何冊もあったが、実際卯木が目当てにしている年代と言えば、その中のほんの一部。
一人ずつ名前を確認するのは手間だったが、、十五~十八内の少女で水の能力者の有無は、覚悟していたよりも大変なものではなかった。
むしろ手間だったのは、その後だ。
調べに調べた人数分の名前を、吾都万普通科校舎に通っている女子生徒全員と照らし合わせる。
廉条の術者が数十名に対し、照らし合わせるのは学園の役半数の生徒。
県外で生まれた者は範囲に入れるか迷ったものの、進学のために上京していないとも言い切れない。
この数日何度発狂しかけ、ゲシュタルト崩壊を定期的に引き起こし、何度、作業を投げ出そうと思ったことか。
けれども、目をしぱしぱさせながら、自分のやっていることに意味を見いだせなくなる度に。
名前の羅列が嫌になり、気分転換に普通校舎をふらふらする度に、濃厚な例の気配を感じてしまい、俺は一体何に試されているのかと本気で頭を抱えたなった。
だがその介あって、何とかやり遂げた卯木の手元には、三人の少女の名前だけが残っていた。
照らし合わせの作業の傍ら、同僚の先生方にも探りを入れたところ、卯木の条件に合う生徒がこの三人だけとなったのだ。
一年普通科に一人と、三年芸術科に一人、そして三年スポーツ科に一人。
話に聞く所、それぞれ話題に上がるくらいには容姿端麗とのこと。
この三人の中にいるに違いない。やっとここまで来た。
と、思っていた時期もありました (真顔) 。
生徒写真で顔を確認し、いざ彼女達を教室の外や、授業中などに観察してみるもいまいちピンと来ないのだ。
確かに、彼女達は三人が三人『美少女』と呼ばれる類の美貌を誇っていたし、実際に、同じ空間にいることである程度の水の力も感じる。
けれども本人達は、至って無自覚であり、よくよく目を凝らしてみると、それぞれ廉条の……生まれた時に一族からもらう守りの首飾りをしているようなので、それで抑えられる程度の力しか持っていないということだ。
……完全に空振りだ。
理解した瞬間、orzにならなかっただけ良く耐えたというものである。
けれども……、ならば一体どこに?
確実に普通校舎の中にはいるはずなのに、能力者の家系ではないというのか?
一般家庭出身の突然変異だとでも言うのだろうかっ!?
あと、もう一人、確かに気になる存在もいるが、彼女はあの日の被害者だ。
進学科一年、日暮灯処。
あの日から数週間は経っているが、彼女からは未だに水の気配が色濃く漂っている。
当日のことを僅かにでも覚えていなければ、不審に思ったのであろうが、あの神聖な水に浸された教室の中に、彼女もいたのだ。
本来ならば、なんの力も持たない一生徒に、水の気配が染みついたとしてもおかしくはない。
それぐらい力のある場所だったのだから。
だが、これもあくまでも一時のこと。この気配も徐々に消えることを思えば、彼女は何の対象にもならない。
廉条の家に頼み込み、名簿を見せてもらい、数週間かけて女子生徒を照らし合わせた。
けれどもその努力も空振りに終わり、今現在何の手がかりも無い。
強いて言うのなら、元からあった確信事項。相手は、この学校の生徒である、ただこれだけ。
「ああ……っ! くそっ! せめてネクタイの色さえわかっていればっっ!!」
そうすれば、範囲はぐっと狭まるのにっ!!
しかし卯木には、“諦める”という選択肢は端から無かった。
現状は酷く不利だが、相手は確実ここににいるのだ。
ならばもう、地道に歩き回ろうではないか。
気配探しは、諦めないものの、ショートカットには失敗した卯木は相手の尻尾を掴む決意を改めてしたその時に。
しかし神は、卯木に微笑んだ。
卯木はその日も、空いた時間を使って普通校舎を徘徊していた。
チャイムが鳴り、各教室内は一斉に騒がしくなる。
移動教室を始める者や、束の間の休息を取る者。
学校特有の騒めきを感じながらも、ただ一心に歩を進めていたその時、ある教室の前を横切っていた足をピタリと止めた。
「っっ!!?」
ほんの一瞬の間だった。
けれど確かに感じたあの気配。あまりにも濃厚で、あまりにも清廉な聖水。
驚くほど近くで感じたものだから、体が飛び出すよりも、囚われたかのように止まってしまった。
間違い無いと本能で思う。
間違い無く、ここにいると。
『1-C』。
気配は本当に一瞬で、あんなにも色濃く漂った力が、しかし今は嘘のように霧散している。
常々思っていたが、相手は隠れるのが非常に上手い。
ならば、今ここで卯木の足が止まってくれて僥倖だっただろう。
相手は、卯木の視線一つに反応するのだから。
だから、動け足。
何事も無かったかのように通り過ぎるのだ。
向けたくて仕方がない視線を教室の内窓から引きはがす。
きっと相手はわかっている。
卯木がここにいることを。
少しでも不審に思われないように。
ただ偶然、教室前を横切ったかのように。
もう、焦る必要は無いのだから。
相手はここにいるのだから。
さぁて。
「さぁて……。どうするかな」
くつくつ、と喉が鳴る。
槌永卯木が、臨時担当として千世子の教室に現れる、ほんの数日前の出来事。