結
マンションの床の絨毯の上、這いずり回る青年。
少女が掴んだジーンズの裾を軸に限界まで動く。まずは目に付いたソファーをギリギリ指先に引っ掛け引き寄せることに成功。
「……」
首の関節が少し固くなってきたようだが、慎重に注意深く少女の後頭部にソファーを差し入れる青年。息を整えながら額には玉の汗。
「……」
先程から息苦しいのだ。ともすればフと気が遠くなってしまうのをなんとかこらえる。この室内、場所によっては酸素が『無い』。みしみしと悲鳴を上げ始めるマンションと落雷のような地鳴りが青年の思考をしばしば断絶させる。
「……」
辺りが、世界がどんな状況になっていたとしても青年の興味はもはやそこには無かった。あれだけ注意深く周囲の状況に気を配っていたはずの彼がカーテンから外を覗こうともしていない。
「……」
彼は整えたい。
先に逝った少女の死に際を。
迫り来る破滅をも些細な事であるかのように。
「……」
周囲をぐるりと見回すと、壁に掛けられた造花を見つけた。
先程のように彼は少女との繋がりである裾を支点に腕を伸ばす。これだけは保持しながら。
なんとか届かないだろうか、そう願いながら。
「っ!?」
途端、彼の伸ばした方の腕の肘が裂け手の平が弾ける。短い炸裂音があちらこちらに次々と空間に発生し、その部分は割れている。
大きな赤い風船のようになった彼の血がマンションの部屋の真ん中でふわふわと浮いている。真空状態のようだった。
「……」
いくら華のように散ったとはいえ肉片混じりのねずみ花火では少女も笑ってくれないだろう。そう思った青年は残った腕で赤い風船を飛散させる。散らせた血液が小さな点となって、これはこれで美しいと感じた。
「……」
他に何か。
とはいえ目に付くもので残った腕で届きそうな目ぼしい物は……あのカーテンくらいだろうか?レースの刺繍が綺麗に入っていて、勢い良く引っ張れば引きちぎれるだぐ
が
は
左目眼球が突然破裂する。
散らばってしまった思考の欠片を掻き集めなんとか再構築。
「……」
幸いまだ視界は半分残っている。血が混じり少々赤いフィルターに掛かってはいるが、彼はあのカーテンが欲しかったのだ。
あれで少女をくるもう、そして祈ろう。
少女がき
?
ーーーーーーー?
あれだけ頭にまで響いていた地鳴りが急に消える。青年が耳を叩くとぴちょぴちょと不快な手触りが伝わってくる。気を抜くと舌が飛び出てしまいそうな程身体の外に引っ張られているし歯は奥歯から2本弾かれたように砕けた。
「……」
あまり時間が無いのは自明の理、青年ももう死ぬ。
全部は無くなる。
そんな青年が最期、したかった事。
些細な自己満足。
少女を
心から
悼む事。
「……」
出血で消えかける意識の中、胡乱な愚鈍な動作で腕を目一杯伸ばしカーテンを引き剥がす。足の皮膚が破れて裂けたたがなんとかなったようだ。
「……」
少女の身体にレースのカーテンを巻きつける。
染み付いてしまった血や肉片は勘弁してもらおうと願いながら、彼は少しだけ笑う。
「……」
最期、彼は部屋の中にある周囲の酸素を肺の中にのけ反るように吸い込んだ。
深く深くひたすら吸い込む。
「……」
ごめん遠見さん、なんにも返せなくて。心残りは唯一それだけ。
ヒトで無くなってしまうはずだった彼を、逝って尚引き止めた少女に感謝も伝えられない。
でも、もう。
とっくに痛みは無い。
終わる。
じゃあ、せめて。
ーーーーー『私が見てきた高坂さんは昔の高坂さんと違うから、そんな別人の話されたって何がなんだか分かりません。はい残念でした!』ーーーーー
別人のように、でいこう。
吸い込んだ酸素を全て消費して彼は叫ぶ。
「……クソ隕石がああああああっ!!死にたくねえぞコノヤロウ!!」
叫んだ直後げらげらと腹部が破裂する。
意識はどろりと真空に解けた。
レースの少女は笑ってくれたような気がした。




