TRANSLITERATION【遠見】
「ま、親兄弟皆殺しにするようなヒトデナシだものね。なんの遊びだったかは知らないけど……病弱な女の子の保護者ごっこも結局飽きたってことでいいのかしら?」
「……」
そんなわけがない。
高坂さんは……そんなんじゃない。
なぜ高坂さんは床に額を押し付けたまま何も言おうとしないのか分からないが、きっとなにか。
「あんたにどう思われようと構わないけど……その女の子はずっと入院生活だったらしいんだ。だからあんたのその『誤差』に乗っけてあげて欲しい」
顔を伏せたままごろんと転がった高坂さんの呟きは私が期待していた『ソレ』ではなかった。全てが私の期待していた高坂さんではなくなっていく。
薄暗く古ぼけた室内で高坂さんは高坂さんじゃなくなっていく。
「おやさしいコト。そんなわけないのに。……もうさあ白々しいんだけどそういうの。はっきり言いなさいな」
「……」
この二人は完全にアワナイ。
使っている言葉は共通のものなのに……弾きあい、並行し、ぐるぐるとお互い違う動きを止めようとしない。
……。
だいたい高坂さんの言葉に含んだ意図などない。
そういう話し方をする人じゃないのはもう分かっている。そこまで長く一緒に居る訳じゃないけどソレくらいは分かるんだ。
「……まいったな」
ぽつりと零す高坂さん。
そうだ!
言ってやれ言ってやれ!
いつもみたいに余裕シャクシャクでそのオンナケチョンケチョンに言いくるめちゃえ!
見ず知らずの私を何度も助けてくれた!
何の得にもならないのにだよ!?もうすぐ世界終わるのにだよ!?
その!床で!デコ押し付けてる高坂さんは違うんだよっ!?
みんなが言うような、たまに自分でも言ってるけど……誰かを愉しんで殺しちゃうような人間じゃない!絶対違うんだから!
「なんか成り行きでさ。意外だろうケド僕でも不幸なハナシとか聞いちゃったら情も沸く。んで『最期くらいイイ人』ってのしてみたかったんだけど」
「けど?」
「無理。メンドイ。これで満足?」
「初めから素直に言えばいいのよ。私だってリンコちゃんを連れて行きたかったワケだし」
「じゃなんでこんなしょうもない事に拘るんだ?」
「私嫌いなの。欺瞞。旦那が自殺した理由も『空いた一人分を子供に』だって。ずいぶん見たのよ、行き倒れの汚いガキんちょをね。私に見ず知らずのガキと心中させるつもり?」
「まあ欺瞞だな」
「でしょ?だから嫌いなの。意地悪してごめんなさいね」
「別に。あ、その女の子本当に頼むよ」
「はいはい。外道のあんたなんかに言われなくてもそのつもりだから。まったく」
ーーーーヒトゴロシノクセニーーーーー
ばちっ、と。
そのオンナが高坂さんに浴びせた言葉を機に……わたしのブレた焦点が更に無軌道に揺らいだ。
「どんな世の中になっても、あんなヤツに付いてっちゃダメよリンコちゃん。こういう人間は人の心なんか初めっから持ってないんだから」
さあいきましょう、とオンナはわたしの手を取る。
……。
わたしは……高坂さんと一緒に。
最期まで。
でも、それは単にわたしの希望であった。約束した訳でもなく、会話の中でそれらしい話題に触れたわけでもない、ただの夢。
「ああ、その女の子たまに鼻血出すからティッシュあげてやって」
「心配するフリはもうお腹いっぱい。さあリンコちゃん行こうね」
【ソノオンナノコ】?
【遠見さん】でもなく
【リンコ】でもなく
【ソノオンナノコ】?
…………。
裏切られた、っていうのとは違う気がする。
わたしは高坂さんずっと下げ続けている頭を見ていた。
がしっと、わたしの腕を。
今まさにへんなオンナに連れ去られようとするわたしの腕を。
いつも助けてくれたみたいに。
「げんきで」
…………。
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…………………………………………。
そんな言葉。
そんな言葉!
高坂さんはもう。
高坂さんじゃなくなっているようだった。




