I will eat potato chips. 【遠見】
翌朝私は日の出より早く目を覚ます。
頭の中は昨日見てた雑誌のおかげで色んな色彩がぐるぐる回っていて眩暈がしそうだった。
しかし不満も無いわけでは無い。ここの雑誌の殆どは2年も前の、しかも冬物のラインナップが内容を占めていたのだ。こんな状況だから無理も無いといえばそうなのだが……今日のファッション探索にはあまり効を奏すことはないだろう。
いくらなんでもこの時期にコートやマフラーを身に纏うほど私も命知らずではない。
「……?」
あれ?
高坂さんがいない。
『見張りをする』と言ってたけど……結局私高坂さんより早く寝ちゃったからなあ。トイレかな?
コンビニにあったバスタオルを床に敷いて寝ていた私は上半身を持ち上げ周りを見渡す。
「お」
商品の棚に所狭しと並んでいたポテトチップスの袋をひとつ掴んで、ほとんど条件反射のようにむりむりと開封した。
病院生活では考えられないような、最高にジャンクな朝食である。心して頂きましょう。
「……」
んまい!!
袋には『リッチコンソメ』と誇らしげに記載されているが、その味わいはまさにリッチ!!ペラペラのジャガイモに染みこんだ油がたまりませんよ!?
私がリッチな朝食を堪能しているとレジの後ろ辺りからごそごそと物音が聞こえてきた。商品棚の影からひょいと顔を出してみると高坂さんのいつもの仏頂面が見える。何してんだろ?
まだ暗いし殆ど寝てないんじゃないかな。
「高坂さん!!一緒に食べましょうよ!!」
私はその場で立ち上がり高坂さんに向けて手を振った。
「あ、早いねとぉ……リンコ」
あのやろう。まだ慣れてないみたいだ。
まったく覚えの悪いオトコである。
ま、いいや。
「どこ言ってたんですか?」
私は高坂さんのいるレジに向かってぺたぺたと歩き出す。
ん?裸?
高坂さんは頭をハンドタオルでガシガシ拭きながら私に声を掛ける。
「2件先の民家に水が貯めてある浴槽があったよ。あとでリンコも……」
そこまで言って、高坂さんは急に血相を変えて頭から白いシャツを慌てて着込む。そのシャツはこのコンビニにあったものだろうし……それはなにも問題は無かった。
「……高坂さん」
なに、それ。
「タオルも沢山遭ったし、サイズ合うか分からないけど女性モノの下着とかもその家のタンスに」
珍しく言葉数が多い。高坂さんは明らかに不自然で。
っていうか。
「なんですかソレ」
私は吸い込まれるように高坂さんに近寄る。無言でレジのテーブルを乗り越えて、その際レジ脇に設置されていたガムやらチョコレートの箱は蹴落とした。そんなものどうでもいい。今は。
「ちょ……まった」
高坂さんの言葉が全く耳に入らず、私は慌てて着込んでいた高坂さんのシャツの縁を両手で掴み……一気に捲り上げる。
…………。
言葉が出てこなかった。
高坂さんのお腹や背中、体中の至るところに無数の傷。昨日今日のものではない。大きなミミズが這ったような無数の裂傷は完全に塞がってはいるものの、傷つけられた当時の凄まじさは想像も出来ない。
「……」
こっちは、ヤケドだ。
熱した鉄のようなもので『書いた』のであろう日付。それに『バカ』や『アホ』などの罵倒語。その時これを書いた人間の嘲笑が聞こえてくるような、完全に一方的な暴力の残骸。一生消えない呪いの数々が。
こんなに……いっぱい。
「いや、あの……ごめん」
へんなもの見せて、そう言って高坂さんは苦笑いでゆっくりシャツを戻す。
「も、もうさ!全然痛くないし!……見える箇所には付けられてないからさ!」
相当古い傷、なのである。
子供の頃にコレを、一方的に押し付けられ。尚且つパッと見た限りでは分からないような位置に。そういう幼少期を高坂さんは潜ってきたのだ。
「な、泣かないでよ……これからはちゃんと隠すように気を付けるからさ」
なんで笑えるんだろうこの人は。
いつも私に気まで使って。
「リンコも体洗ってさ、早く服探しに」
私は。
「うわっ」
高坂さんの胴体に両手を回しながら私は頭からタックルした。そうしようと思った訳ではなかったんだけど、それにまだ涙が止まらないし。
「なによ……ソレっっ!」
古い傷口を覆うようにシャツ越しに手を回す。
私の涙とかキモチとかがジワジワ浸透していって、この傷を高坂さんの体から消してくれる事を願って。
ぎゅ、と。
「もう……遠見さんが泣く事ないのに」
私の頭に乗せられた高坂さんの手の平はおっきくて。優しかったから。
またしても『遠見さん』と呼んだ事は見逃す事にした。




