第5話「聖剣を取り戻して!勇者様っ!」
「内側から開かない鍵って、ありますか?」
エリシャとロイドは、工具屋に居た。
「俺の部屋に使うの?」
「はい。安心してください。私も中にいます」
「二人とも出られないよ?」
エリシャは幸せそうに頷いた。出られなくてもいいらしい。旅の支度を終えたルドガーとアンリが、工具屋に顔を出す。
「準備が整った、向かうぞ」
◇
一行が向かったのは、ランドール王国の北西にある「勇者の都・ウェーヴン」であった。
王国から発つ勇者達は、一時、ここを拠点とし、レベリングや情報交換を行っている。
王都近郊から馬車で五日の長旅を終え、ようやく勇者の都・ウェーヴンへ到着する。
「大丈夫ですか、ロイドくん。お尻痛くないですか?やっぱり帰りますか?勇者やめますか?」
「もう着いたよ、エリシャ」
膝を着くエリシャを他所に、ロイドはウェーヴンの街並みに目を輝かせていた。行き交う人々は皆、立派な装備を身につけている。レベルスコープで見てみれば、ここの住民のレベルは21が平均といったところだ。
「凄い……っ。皆、とても強い……アンリやルドガーさんと同じくらいですよ!」
「本来ここに辿り着いたのは、遠征を初めて一年半ほど経った頃だったからな。 当時の俺たちも、腕利きの情報屋から聞き出すまでは、ウェーヴンの名前すら知らなかった」
勇者の都・ウェーヴンには、その性質上、王国の主戦力が集まる。魔王軍に一網打尽にされることを未然に防ぐため、その存在を公表されていないのだ。
「未来の知識を借りて、一年半巻き……。何だかズルをしているみたいで申し訳ないな……」
「あんたが強くなるのを諦めてくれれば、こんなズルもしなくていいんだけどね」
「……耳が痛いね」
そう言っているものの、アンリはずっとロイドの左手を握っている。馬車に揺られた五日間もそうだった。
「まぁ、どの道、ロイドの身の安全を考えるなら、アレは必要だしね。早めに取っておくに越したことはないわよ」
ここに来た目的は大きくふたつ。
ひとつは、どうせレベリングをするなら、施設が揃ったウェーヴンに滞在するのが、快適かつ安全であったから。
ふたつは————
「そう!それで、その!聖剣って言うのはどこに!」
「バカ、声がでかいわよ」
咄嗟にアンリに止められ、ロイドは口を塞ぐ。道行く冒険者達が振り返ったが、ロイドのレベルを見て鼻で笑い、
「聞いたか?聖剣だってよ」
「レベル6のガキが何言ってんだか」
と過ぎ去っていく。エリシャの瞳が曇り、タクトを手に取ったが、それをルドガーが制した。
「止めないでくださいルドガーさん。いま、あいつ、ロイドくんを見て鼻で笑いました」
「笑わせておけ。どうせ五年後にはロイドの靴を舐めている」
「今舐めさせたいんですけど」
ルドガーはエリシャ制しながら、ロイドへ向き直った。
「それより、聖剣のことだ」
ルドガーは宿屋を探しながら、聖剣について改めて話をしてくれた。
————聖剣エスカバリー
五年後の未来で、ロイドが愛用してい剣だ。
曰く、鉄や銅を、紙のように斬る聖剣。その噂は田舎者のロイドすら耳にしたことがあるほどであった。
「それを、未来では、俺が……」
勇者の都・ウェーヴン近郊の、未開拓ダンジョンに、聖剣は眠っていたのだとか。
「あの、聖剣の噂って本当なんですかっ。鉄や銅を、紙のように斬るという噂は……!」
宿屋にて、ロイドはようやく声を大にして質問した。子供の頃より憧れた聖剣を、未来では自分が手にしたというのだから、気になるのも当然だろう。しかし、
「あれは嘘よ。剣も斧も槍も、結局は使い手の技術とレベル次第だもの。実際に旅の最後だと、ロイドは木の枝で岩を砕いていたしね」
アンリは、自分が見た未来を語った。夢のない話だったが、レベル98という規格外さに、また別の夢を見ることができた。それよりも、
「じゃあ、どうしてエスカバリーは、聖剣と言われているんだ?」
ロイドとしては、エスカバリーが、聖剣と呼ばれる所以の方が気になった。「そこは私が」とエリシャが得意げな顔で、フンス、と鼻を鳴らして説明を始めた。
「聖剣は、女神の《《奇蹟》》が付与された、いわば異能の剣。ものによっては、噂通り、破格の切れ味を持つ聖剣もあるかもしれませんが、エスカバリーは違います」
エリシャは指を一本立てた。
「五年後の未来では、ロイドくんが持つ聖剣エスカバリーは「神断の剣」と呼ばれていました」
「……かん、だち?」
「端的に言います。エスカバリーと同じ、女神の祝福受けた奇蹟を、断つ能力。それがエスカバリーの奇蹟なのです」
つまり、聖剣同士の殴り合いにおいては、エスカバリーは最強だということだ。聖剣殺しの聖剣とは、何とも皮肉な力である。
「聖剣、魔剣、宝具、妖刀。能力と呼び名は様々ありますが、それらを手にしているのは人類だけではありませんでした。だからこそ、ロイドくんには、いち早くエスカバリーを入手方法してもらいたいわけです」
「……それって、つまり……」
エリシャは、一度頷き、口を開いた。
「魔王軍にも、女神の奇蹟を手にする者が、複数います。それこそが————」
その言葉が終わる前に、宿の窓が開いた。
「————いた」
薄紫のウェーブがかったロングヘア。大人びた顔つきと、露出の多い紺色のタイトな服装からは、豊満な乳房が、今にもはち切れんばかりに揺れている。百人が見れば、百人が彼女を痴女と言うに違いない。しかし、その場の誰も、彼女の身体に見惚れることはなかった。
この宿は四階だ。ベランダは無い。
それなのに、その痴女は、窓の外に居たのだ。
「………っ!」
いちばん早く動いたのは、エリシャだった。タクトを手に取り、呪文詠唱を始める。次に、ルドガーが剣を手に取ったが、その女性は二人の間を、するり、と抜けて……
「うゎぶ……!」
両手で、ロイドの頬を挟んだ。
「いる。いる、いる……っ」
顔を近づけて、額を合わせてくる。
ロイドが息を吸うと、彼女も息を吸った。
「ああ、若い……っ。五年前だものね、若いに決まってるわよね。そう、こんな顔をしていたのね。可愛い、本当に、可愛い」
何度も何度も、ロイドの頬をぺたぺたと触っている。その後ろには、虹色に光沢する蝶の羽が広がっていた。彼女から発せられる魔力は禍々しく、人のものとは質が違う。
(この女のひと……魔人だ……っ!)
魔獣とは違い、より人に近い形態を持ち、知性を持ち、感情を持つ。選ばれし魔族達。即ち、強い。恐ろしいほどに強い。魔獣と魔人では、比較にならないほど。そんなことは、田舎者のロイドですら知っていた。咄嗟に身を引こうとする、その前に……
その背に、剣先が突きつけられた。
「離れろ、ヴァルネピ」
ルドガーだった。純度百パーセントの殺気を切っ先に乗せ、蝶の羽を持つ彼女へ向けていた。
その次には、アンリの杖が動いた。瞳が揺れ、青筋が手の甲にまで浮かんでいる。
「触った。触った、触った、触った。ロイドに……触った……っ!」
「あら。アンリちゃん。久しぶり」
「ロイドから離れろよ、アバズレ!!」
激昂するアンリが持つ杖の先には既に、炎が纏い始めていたが、隣にいるロイドを巻き込めない、とその火力を弱めた。
エリシャは、暗い瞳を湛えたまま、ゆらりと近付いた。
「ヴァルネピ。なんであなたが、こんなところに居るんですか。私たちとあなたと会うのはまだまだ先のはずですが」
「きっとそうなのでしょうね。エリシャちゃんも、まだそんなに若くなかったもの」
「何故あなたまで記憶を持っているのですか」
「私に聞かれても分からないわよ。あの魔法を使ったのは、あなた達でしょう?」
その口ぶりから、ロイドにも察することができた。未来で、自分達はこの魔人と相対している。
それだけではない、きっと、禁忌魔法によって過去に戻っているのは…………
「そんなことより」
ヴァルネピと呼ばれた魔人が、ロイドの頬を優しく撫で直す。その度に、エリシャとアンリの瞳孔が開いていく。怒りを噛み殺すように、息が荒くなっている。それを知ってか知らずか、ヴァルネピはロイドに、互いの額を合わせた。
「会いたかった。わたしの旦那さま」
————ロイドは思った。
未来の自分は、本当に何をしてきたんだ……????




