第4話「元最強だった勇者様っ!②」
「……レベル、61?」
ルドガーの顔が青ざめ、ロイドの肩を掴んだ。
「お前、三日前まで、22だっただろうが……!」
ロイドは左腕を代償に、通常ではなし得ない成長を遂げたのだ。最も、当の本人には、その達成感すらないことだろう。焦点のあわない目で、アンリを捉えていた。
「これで、俺も、仲間になれますか……」
その言葉を皮切りに、意識が途絶えた。
アンリは倒れたロイドの身体を受け止めようとして、残った左手では支えきれず、それでも離そうとしなかった。
◇
「……そんなことが、あったんですね」
サガラ平原を渡る風が、ロイドの頬を撫でた。
今の彼には、左腕が間違いなくある。試しに指を握ったり開いたりしてみるが、当然、何の不自由もない手だった。
「そこでレベルが61になって、その先で、98レベルまで……」
「ああ。そこからは、俺たちがお前を追う側になったわけだ」
ルドガーが頷き、アンリを顎で指す。
「お前がそいつを名前で呼び始めたのも、その頃だ。翌朝、理由を聞いたら、『自分よりレベルが高い奴に、敬語を使われる筋合いはない』だとよ」
ロイドは隣を見た。
「そうだったんだ」
「……悪い?」
尖った返事だった。けれどアンリは、さっきからずっと泣きそうな顔をして、右腕を抱えるように押さえていた。
(禁忌魔法とか、五年後とか、色々分からないことだらけだけど……本当に、本当に色々あったんだな……)
ロイドは、彼女に左手を伸ばした。
「アンリ」
アンリの右手をそっと握ると、彼女はびくりと肩を揺らした。
「今は、あるよ。俺の左腕も、君の右腕も」
握った手を少し持ち上げてみせた。
アンリの右手と、ロイドの左手。そのどちらにも傷はなく、触れたところはちゃんと温かい。
「その時のことを俺は覚えていないけど。今は、あるよ」
アンリはその指を恐る恐る握った。
「うん……ちゃんと、あるね」
ロイドは黙って頷いた。
その場に残ったのは沈黙で、話したはいいが、誰が何を話せばいいのか、という沈黙が広がっていた。その空気を察したのか、
「……ぶー」
エリシャが頬を膨らませた。
「ぶーぶー。ずるいです」
「え、エリシャさん?」
「アンリばっかり、呼び捨てです。私にも敬語をやめてください」
ロイドは少し考える。
「そう、ですか……じゃあ」
背筋を正して、呼んでみた。
「エリシャ」
「はいっ」
それまでの不満顔が、一瞬でにんまりにこにこほっぺになった。
「なんでしょう、ロイドくん」
「呼んだだけだよ」
「はい。もう一回、お願いします。なんだったら——」
「お前ら、歩きながらにしろ。日が暮れるぞ」
ルドガーに促され、ロイドはようやく前を向いた。緩やかな坂の向こうに、木柵と、いくつかの屋根が見えている。
「あ。村だ!」
アンリは、駆け出していくロイドを見ていた。
両腕がある。純粋だ。まだ何者にも傷つけれていない。守る力もない。ただのお人好しな青年であった。
(……本当に、帰ってきたんだ。私たち)
◇
その夜。
村の宿屋で、ロイドは寝台に腰掛けていた。
(……レベル98、かあ)
ぽつりと、呟く。改めて考えてみても、とんでもない数字だ。
「……いいなあ」
同じ人間なのに、どうしてこうも違うのだろう。今の自分には、何ができるんだろう。
(もし、この未来でも……)
また、アンリが腕を失うようなことがあったら?その時、自分は何ができる? 今の自分は、レベル2だ。 スライミーを一匹倒すだけでも、仲間たちに心配されてしまう。
彼らは優しい。とても、とても優しい。
けれど、その優しさに甘えているだけでは、きっといけない、とロイドは思った。
(……俺も……)
ロイドは、ぎゅっと拳を握り締めた。
部屋を出て、隣の部屋へ向かう。
「ルドガーさん。起きていますか」
扉を開けられると、ルドガーが立っていた。
「ロイド?どうした、何かあったか」
「————お願いが、あるんです」
◇
——翌朝。宿屋の食堂にて。
「……レベル、6?」
エリシャ・エリスタは、目を疑った。
朝食を終えたロイドの頭上に、淡い光が浮かんでいる。
〈レベルスコープ〉
対象のレベルを可視化する、基礎的な鑑定魔法である。そこに表示された数字は、間違いなく。
——LV.6
「……ろく?」
「そうだよっ!」
ロイドは、元気よく頷いた。
「昨日の夜、ルドガーさんに稽古をつけてもらったんだ! そしたら、レベルが四つも上がって!」
「…………」
「いやあ、びっくりしたよ。強い人と稽古すると、あんなに経験が積めるんだな!」
エリシャは、ゆっくりとルドガーを見た。
「ルドガーさん?」
「なんだ」
「どういうことですか?」
「見ての通りだ。稽古をつけた。昨夜、ロイドから頼まれてな。俺が引き受けた」
ルドガーは、腕を組んだまま答えた。
「思った以上に飲み込みが早かった、やはり筋が良い。次は————」
「——なんで強くしちゃったんですかぁぁぁぁぁぁぁ!?」
エリシャの絶叫が宿屋の食堂に響き渡った。思わずロイドは飛び上がった。エリシャは、両手で頭を抱え、床を転げ回った。
「やだぁぁぁ!! レベルが四つも上がってますぅぅぅ!!ぎゃあああ!」
「え、エリシャ!?何かまずかった……!?」
「だって! だって!! 強くなっちゃったら、もっと強い魔物と戦うじゃないですか!!」
「えっ? まあ、いずれは……?」
「そしたら怪我するじゃないですか!!」
エリシャは起き上がり、ロイドの肩に手を置いた。
「怪我したら死んじゃうかもしれないじゃないですか!!」
「なるほど」
ロイドは膝をつき、エリシャの肩に手を置き返した。
「じゃあ、怪我しないように、もっと強くなるよ」
「どうしてそうなるんですかぁぁぁぁぁ!?」
逆効果だった。エリシャはその場に崩れ落ち、白い修道服が、床に広がる。
「……神よ……どうして、あの子をまた、強くしてしまうのですか……」
どうやら、神様に抗議しているらしい。
「——嫌」
アンリの小さな声がした。彼女は、立ち尽くし、朝食のパンを持ったまま、ロイドの頭上に浮かぶ、レベル6の数字を見つめている。
「嫌、嫌」
「アンリまで、どうしたの……?」
ぽつり、ともう一度、呟いた。それは、その感情を改め、再確認したように漏れ出ていた。
「……あ。ホントにいやだ」
————ぺたん、と。
アンリは、その場に座り込んだ。
「アンリ!?」
「もう、強くならないでよ」
アンリは、ロイドの手を引いた。
「もう、やめてよ。ずっと、ずっと、私より弱いままでいてよ。お願いだから、私より、強くならないでよ……」
アンリの声が、震えた。目の節には涙が溜まっている。何度も何度も、ロイドの裾を引きながら、アンリは説得するように続けた。
「そしたら、私が守れるから。あんたが無茶しようとしたら、私が止められるから。言うこと聞いてくれなかったら、半殺しにしてでも、生かしておけるから……!」
…………。
…………半殺し?
「あ、アンリ。半殺しは、ちょっと……」
「最後は、それもできなかったもん」
ロイドは口を閉じた。
「あんた、強くなりすぎたから……。私が魔法を撃っても止まらないし、ルドガーが剣を抜いても勝てない。エルシャの呪文だって。誰も、あんたを止められなかった……っ」
アンリは顔を覆った。
「どれだけ待ってって言っても、お願いしても……一人で、行っちゃった……」
レベル98。ロイドが羨んだ強さを、彼女は恐れているようだった。事実、レベル98とは、ひとつの国家よりも大きな力を持つような、そういった規模の数字である。よって「制御できない」という点においては、アンリは正しいことを言っていた。
「だから、お願い。今のままでいいよ。弱いままで、いいから……」
ロイドは彼女の前に膝をついた。
「ごめんね。稽古のこと、ちゃんと話しておけばよかった」
アンリが首を振る。
「許可を取ってほしいんじゃない……強くならないって、言ってほしいの」
ロイドにとって、それは安易に約束できないことだ。泣かれても縋られても、守られるだけが嫌なのは、揺るがなかったからだ。そうして答えられずにいると、エリシャが手を握り込んだ。
「ロイドくんは、何もしなくていいんです。お金も、食事も、私がどうにかします。誰も助けなくていい。魔王なんて、倒せなくていいから」
「でも、それじゃ——」
「役に立たなくていいって、言ってるんです。私も、アンリちゃんも」
アンリの指が、ロイドの左腕に触れる。
「私が、未来のあんたに、弱いって言ったのに。私の腕がなくなったのは、あんたのせいだって。なのに今さら、弱いままでいてって……都合の良い話よね。 でも、嫌なの。もう一回なんて、嫌。それで世界が滅んでも、嫌」
ロイドは、自分の左手を見た。
「俺、未来の俺が強かったから、皆、大切にしてくれるんだと思っていたよ」
「……は?違うわよ……っ」
アンリが腕に縋りついた。
「あんたが弱くても、何もできなくても……そんなこと、今はもうどうだっていいの……っ」
ロイドはしばらく黙り、それから、小さく笑った。
「それを、あの時の俺にも聞かせてあげたいな。きっと、喜ぶと思うんだけど」
二人の手が強張った。
ロイドは、その手を握り返した。
「今の俺は、聞けたよ。ありがとう」
エリシャが顔を伏せた。
アンリも俯いたまま、何度も頷く。
「だから今度は、一人で何とかしようとしなくていいんだね」
「……はい。そうです」
エリシャが、ようやく息を吐いた。
「じゃあ、ルドガーさん。今夜も稽古、お願いしていいですか」
「はい?」
「は?」
アンリとエリシャの声が被ったが、ロイドは向き直り、胸に手を置いた。夜でも光源になりそうなほど眩しい笑顔で。
「もっと強くなりたい。今度は、皆に助けてもらいながら」
「今のお話、聞いていました?」
「うん。すごく嬉しかった」
だから、とロイドは笑った。
「未来の俺より強くなって、今度はちゃんと皆と一緒に帰るよ」
アンリが天井を仰いだ。
慰めたつもりはなかったのだろう。けれどロイドは、すっかり励まされていた。
「……ルドガーさん」
「なんだ」
「今夜の稽古は中止してください」
「断る。こいつは伸びる」
「伸ばさないでください!」
エリシャが頭を抱えた。
その肩に、アンリが手を置く。
「部屋をどうにかするわよ」
「そうですね。窓のないところに」
「鍵は私が管理するわ」
「食事は私が運びます」
急に話が早くなった。
ここに、監禁同盟が発足しようとしていた。
「もう、いよいよ監禁するしかないわよね。口で言っても分からないもん。この馬鹿は」
「はい。私も同意見です。私、ロイドくんと同棲できて幸せです」
「なんであんたが住み込む前提なのよ」
「私は聖職者ですよ?」
「だからなに???」
早くも監禁同盟が崩壊しようとしていた。
◇
————同時刻、ランドール王国 ラッコ砂漠にて。
「本当に、本当にまだ王国がある……!」
蝶の羽を背中から生やした大人びた女性が、砂漠の空を飛んでいる。景色を見ては、何かを実感し、確認するようにして何度も胸に手を当てている。
「夢かと思ったけど、本当に、戻ってる。本当に、五年前なのね……っ」
身体を翻し、加速体制に入ると、爆風が砂を巻き上げた。その速度は、周囲に衝撃波を残すほどであった。
「いま会いに行くからね。わたしのロイドさま……っ」




