おいしいお魚
ハンス・・・謎多き男です
ハンスは、それを器用に半分ずつに分けていく。
「私は少しでいいです。……すみません、お名前は何とおっしゃるのですか?」
アリスは遠慮がちに尋ねた。
助けてもらったうえに、彼の食事まで奪うなど、とんでもないと思ったのだ。
だが、空腹でもあった。
「ハンスだ。そなたは育ち盛りであろう。遠慮せず食べなさい」
ハンスは半分に切り分けた魚を、フォークでアリスの口へ運んだ。
「おいしいです」
ぱりぱりと焼かれた魚の皮。中からじゅわりと広がる旨味に、アリスは目を見張った。
「それはよかった。こちらも食べなさい」
スープも素朴ながら、とても味が良かった。
ハンスは魚をすべてアリスの皿へ移してしまう。
「私はもう十分です。後はハンス様が召し上がってください」
「もう少し食べなさい」
ハンスはさらにパンをちぎり、アリスへ差し出した。
パンは残念ながら硬かった。
噛むのに苦戦しているアリスを見ると、ハンスは自分の分のスープを差し出し、その中へパンを浸した。
「こうすれば食べやすい」
そう言って笑う。
アリスは夢中で食べてしまった。
「ハンス様の分がなくなってしまいました」
アリスははっとして顔を上げる。
「いいのだよ。大人は数日食べなくても何とかなる。
明日旅立つつもりだったから、食料はこれしか残っていなかった。すまなかったな。
また会うことがあれば、もっと旨いものを食べさせてやる」
ハンスは優しく笑った。
その笑顔は、とても頼もしかった。
「そなたは運が良かった。反対側の岸であれば、助けに行けなかった。
普通はあちらへ流れていくのだが、こちら側へ来てくれて助かった」
「なぜ、こちら側でよかったのですか?」
アリスは不思議そうに尋ねる。
「そなたは変な娘だな。この川のことを知らないのか?」
ハンスは怪訝そうな顔をした。
「川が近くにあることも知りませんでした」
アリスは一応、公爵令嬢である。
移動は常に馬車で、道のことなどほとんど知らなかった。
「では、覚えておきなさい。
この川は、この先ですぐ二つに分かれている。
今、私たちがいる側は比較的流れが緩やかで、下流へ行くほど川幅も広がり、穏やかになっていく。
だが反対側は滝だ。
落ちれば、まず助からない」
「たき? 何ですか、それ」
アリスは首をかしげた。
ハンスは深いため息をついた。
「もう少し色々と勉強してから、地形を知っている者と出かけなさい。
一人では駄目だ。危なっかしい。
本当に滝へ落ちなくてよかった」
ハンスは頭を抱える。
「まあ、過ぎたことを言っても仕方がない。
せっかく助かったのだ。
もう一人で出歩くことはするな。
服は干しておく。明日の朝には乾いているだろう。
今日はもう休みなさい」
そう言って、ハンスはアリスをベッドへ寝かせた。
「ハンス様は?」
「私はここを片付けてから仕事に行く。心配しなくてよい」
見た目は素朴だが、寝心地の良いベッドだった。
アリスはいつの間にか眠ってしまった。
ハンスは、アリスと自分の濡れた服を干し始める。
アリスの服は、きちんと折りたたまれていた。
「農民にしては上質な服だな……。乗馬着か。ブーツも上等だ……」
ハンスは首をかしげた。
「まあいい。明日、城の近くにいる兵士のところへ連れて行こう」
食器を洗うと、棚から上着と剣を取り出す。
「さて、少々予定の時間が遅れてしまったが……まあ問題ない」
彼は外へ出ると、小屋の扉に鍵をかけ、歩き出した。
ハンスはしばらく歩き続けた。
その先には、夜盗たちが張ったテントがいくつも並んでいる。
ハンスの唇の端がわずかに上がった。
「盛り上がっているようだな」
ハンスはその中へ踏み込むと、あっという間に夜盗たちを気絶させた。
そして指笛を吹く。
「予定より遅かったではないか」
軍服を着た兵士たちが現れた。
「すまない。少々手違いがあった。
だが、役目は果たしたぞ」
夜盗たちは気絶したまま縛り上げられ、護送用の馬車へ放り込まれていく。
「ほら、礼金だ。
そなた、賞金稼ぎなどしておらず、正式に軍へ入らぬか。
歓迎するぞ」
ハンスは静かに首を横へ振った。
「自分の身元も思い出せぬ者が、兵士になるのはいかがなものかと。
もしかすると、犯罪者かもしれません」
「まだ思い出せぬのか?」
その問いに、ハンスは静かにうなずいた。
「記憶が戻るまでは、自由に行動したいのです。
時々お世話をおかけします」
「分かった。
こちらも、そなたが色々と働いてくれるので助かっている。
また頼むぞ」
「はい。感謝いたします。
ただ、くれぐれも私のことは内密に」
司令官はうなずいた。
「ああ、ついでだ。
そなた、川沿いを行くのであろう?」
思い出したように司令官が言った。
「はい、そのつもりですが……」
そこでハンスは、はっとした。
「あっ!」
「どうした」
「もしよろしければ、女の子を一人連れて帰っていただけませんか。
実は、女の子を拾ったのです」
「何? 女の子を拾った? どこでだ?」
司令官の目が大きく見開かれる。
「上流から流れてきました。
食事用の魚を取っていたところ、流木に乗って流されているのを見つけたのです。
着ている物は上等ですが、身元につながる物は持っていません。
今は私の小屋で眠っています」
「そ、その女の子かもしれぬ!」
司令官が声を上げた。
「城から捜索隊が派遣されている。
明日から川辺を本格的に捜索する予定だったのだ!」
「なんと……。
それなら、すぐに引き取っていただけますか。
相当な箱入り娘のようで、この辺りの地形も何も知らないのです。
明日、町へ連れて行くつもりでした」
ハンスは司令官へ小屋の鍵を預けた。
その知らせは、すぐさま捜索隊へ伝えられた。
ほどなくして、アリスが眠る小屋の前に騎士たちが集まった。
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