お城へ
アリスが目を覚ますと、いつの間にか目の前に騎士たちが立っていた。
「きゃあああああ!!」
アリスが悲鳴を上げると、騎士たちは慌てて部屋から飛び出した。
同行していた女性兵士に着替えを手伝ってもらい、アリスはようやく外へ出る。
ハンスに借りた服は小さく折りたたみ、胸に抱え込んでいた。
「あの……私を助けてくださったハンス様は?」
「いや、そのような者はいなかったぞ。私たちは、夜盗を捕らえた兵士たちから知らせを受け、ここへ来たのだ」
「そんなはずはありません。私を助けてくださった方に、きちんとお礼を申し上げたいのです」
指揮官が呼ばれ、事情を聞かれた。
しかし、彼は静かに首を横へ振る。
「そのような男は存じません。たまたま通りかかった男が、『小屋で娘が眠っている』と我々に伝え、鍵を渡して去っていっただけです」
それは、ハンスとの取り決めだった。
自分の身元がはっきりするまでは表に出さない。
その代わり、軍の仕事を手伝う。
「悪事を働くような男には見えぬのだがな……。だが、あの背中の刀傷が気にかかる」
指揮官は小さく息をついた。
「もし他国のお尋ね者だったとしても、恩赦を願い出よう」
そう心に決めていた。
◇
アリスはそのまま城へ連れて行かれた。
そこで王太子夫妻と面会することになった。
部屋には、父である公爵も駆けつけていた。
「無事でよかった。本当に無事でよかった……!」
公爵は人目もはばからず、大声で泣いた。
しかし――。
「無茶にもほどがある!
馬で城まで向かうには、相応の脚力を持つ馬でなければならん。
あの小柄な馬で行けると思っていたのか!」
泣いた後に始まったのは、説教だった。
「だいたい、そなたは昔から方向音痴で、とんでもない場所へ行っては村人に助けられていただろう。
身の程知らずにもほどがある!」
そこへ王太子が口を挟んだ。
「では、この娘はアリスちゃん本人で間違いないのですね」
「あ、はい。大変失礼いたしました。間違いなくアリス本人でございます」
公爵は慌てて膝を折った。
「アリス。こちらはそなたの叔父上だ。
亡きエレナ王女の弟君で、この国の王太子殿下であらせられる」
アリスは目を丸くした。
「母上は王女だったのですか?」
どこかの貴族の娘だとばかり思っていたのである。
「それとなく、今まで王太子ご夫妻の話題は出していたつもりだったのだが……」
公爵は遠い目をした。
「幼かったとはいえ、お母上の遺言を言葉どおりに受け取った方ですものね」
王太子妃もまた、遠い目をする。
「それでだ。そなたは事実上、追放の身だ。城の中へは入れないことは知っているな?」
王太子が尋ねる。
「はい、存じております。
ですので、カーティス様のお屋敷へ突撃して、何とか裏で手を回していただき、城へ潜り込もうと考えていました」
アリスの顔は、いたって真面目だった。
「うーん……カーティスより、私を頼ってほしかったのだが」
王太子は苦笑する。
「まあ、せっかく城へ入れたのだ。
今日から女官見習いとして、私たちの側にいなさい。
身元保証のことは心配いらない」
「お城に住めるのですか?」
アリスの目が輝いた。
しかし、すぐにうつむいてしまう。
「計画って、立てても全然役に立たないのですね……。
少しずつ実行するつもりだったのに。
こんなにあっさり実現してしまうなんて」
公爵は、アリスの部屋に広げられていた地図を思い出した。
「そなたは、まず地図を正しく読めるようになりなさい。
出発地点の印からして、まったく違う場所だったぞ」
「え? そうなのですか?」
アリスはきょとんとする。
「それに、なぜ川の方の道を選んだのだ?
左の道の方が、はるかに広かったであろう」
「何となく……右へ行った方がいいような気がしたのです」
アリスはさらに首をかしげた。
公爵は深くため息をつく。
「殿下。このような娘でございますので、私も妻とともに城へ戻りたく存じます。
とても殿下だけでは手に負えないと思います……」
「あなた、そういたしましょう。私も少し自信がなくなりました」
王太子妃も遠い目をした。
「そうだな。公爵が側にいてくれれば心強い。
カイルのこともある」
アリスの目が大きく見開かれた。
「お兄様! お兄様がどうしたのですか?」
そう。
アリスは、ただカイルに会いたい一心で無茶をしたのである。
「カイルは、今、隣国にいる。
いろいろあってな。簡単に説明するのは難しい」
王太子はため息をついた。
「しばらくは城の客間で寝起きしてくれ。
そなたの部屋は近日中に整える。
公爵も登城の準備を頼む。
それまで、何とかこの子の面倒は見る」
「かしこまりました。それでは、よろしくお願いいたします」
こうして、アリスのアルディア城への「潜入」は成功したのだった。
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