アリスの真実
アリスはすっかり元気になっていた。
そして当時の出来事について、改めて公爵夫妻から話を聞かされていた。
「棺に土がかけられ始めた時、そなたが『やったー!』と声を上げてしまってね」
公爵が静かに語り始める。
「笑顔まで見せたものだから、亡き母上の父君が誤解されて激怒なさったのだ。
そこまでは覚えているのだな?」
「はい。杖を振り上げられたところまでは覚えています」
アリスはしょんぼりとうつむいた。
「まさか、お母さまが亡くなられて、そのお葬式だったなんて思ってもいませんでした」
「仕方ありません。
あなたはまだ三歳ほどでしたもの。
『自分の足でしっかりと歩んでいきなさい』という、お母さまのお言葉を勘違いしてしまったのも無理はありません。
実際、一生懸命最後まで歩いたのでしょう?」
夫人は遠い目をしながら優しく言った。
「それだけではなくてな……」
公爵も苦笑する。
「沿道で見ていた者たちから『幼い子を無理に歩かせている』『虐待ではないか』という苦情が城へ数多く寄せられてしまったのだ」
公爵はさらに遠い目をした。
「本来、そなたは亡き母上の弟君ご夫妻の養女になる予定だった。
だが葬儀での出来事と、その後の苦情を聞いた祖父君が『追放だ』とおっしゃってな」
公爵は小さく息をつく。
「弟君ご夫妻は必死に取りなしてくださった。
だが祖父君は、一度決めたことは決して曲げないお方だった。
そこで、私が引き取ることを申し出たのだ。
ちょうどカイルもいたからな」
アリスは立ち上がり、公爵夫妻へ深く頭を下げた。
「今まで育ててくださって、本当にありがとうございました」
夫人は優しく微笑んだ。
「そんなことを気にする必要はありません。
あなたは最初から私たちの大切な娘ですよ」
しかしアリスは静かに尋ねる。
「……私の本当のお父さまは、どのような方だったのですか?」
公爵は少し目を閉じた。
「とても優秀な騎士だった。
人望も厚く、剣の腕も立っていた。
貴族ではなかったため、最初は王女との結婚に反対された。
だが、ベルンシュタイン王国の国王を暗殺者から身を挺して守り、その功績によって爵位を授けられた。
そして、恋仲だったエレナ王女との結婚が認められたのだ」
少し間を置く。
「だが、その後、事故で命を落としてしまった」
アリスは黙って聞いていた。
「分かりました。
私は『追放』された身ですから、お城へ入ることはできないのですね」
公爵はゆっくりとうなずく。
「そのとおりだ。
少なくとも、私の娘として城へ入ることはできない」
アリスも静かにうなずいた。
その瞳には、どこか強い決意が宿っていた。
◇ ◇ ◇
数日後。
再び使者のカーティスが公爵家を訪れた。
玄関へ現れたアリスは、美しい所作で一礼する。
「お久しぶりでございます」
以前とは見違えるほど、気品あふれる令嬢の姿だった。
髪と瞳の色こそ違うものの、その立ち居振る舞いは、亡きエレナ王女そのものだった。
「父へお取り次ぎいたします。
少々お待ちくださいませ」
アリスはカーティスを応接室へ案内すると、公爵を呼びに向かった。
公爵が姿を現すと、アリスは静かに一礼し、その場を辞した。
カーティスは思わず目を潤ませる。
「本当に……立ち居振る舞いも雰囲気も、亡きエレナ王女殿下によく似ておられます」
「カイルのことは何か分かったか」
公爵の表情は厳しかった。
「ベルンシュタイン王国へ連れ去られたようです。
庭師が、その一部始終を目撃しておりました」
公爵は目を見開く。
「……なぜだ」
「ただ今、王太子殿下のお遣いになった者が、ベルンシュタイン城へ事情を聞きに向かっております。
実は、カイル殿失踪以前から、ベルンシュタイン王国の大使が何度も国王陛下への拝謁を求めておりました。
ですが、陛下は一度もお会いになりませんでした」
公爵は額へ手を当て、天井を仰いだ。
「今なお、『あの件』を根に持っておられるのだな……」
深いため息が漏れる。
「あの件とは何でしょうか」
カーティスが首をかしげる。
「リヒャルト殿が、アリスが生まれて間もなく亡くなったことだ。
大雨で立ち往生した馬車の乗客を全員助けたものの、自らは川へ流されてしまった。
遺体はとうとう見つからなかった」
公爵は静かに続ける。
「その衝撃でエレナ王女は床に伏し、三歳のアリスを残して亡くなられた。
ベルンシュタイン国王は、それをずっとご自身の責任だと思っておられる」
「ですが、それとベルンシュタイン王国が、どう関係するのですか」
「二人を結びつけたのが、ベルンシュタイン国王だったからだ。
命の恩人であるリヒャルトへ褒美として、王女との結婚を認めた。
その結果、不幸が続いたと思い込んでおられるのだ」
カーティスは思わず苦笑した。
「かなりの逆恨みですね」
公爵も苦笑する。
「娘を思う親心だ。
そなたには息子しかおらぬから分からぬかもしれん」
その時、扉を叩く音がした。
「お茶をお持ちいたしました」
アリスだった。
丁寧にお茶と菓子を並べ、一礼すると静かに部屋を出て行く。
(なぜ、アリスがお茶を運んできたのだろう)
公爵は少し不思議に思った。
口へ運んだお茶は、どこか少しぬるかった。
(慣れない給仕で時間がかかったのだろう)
その時は、それ以上深く考えることはなかった。
チャッピーの感想
「お父様気が付いてー」でした
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