魚捕り
ハンス、意外に薄情?
次の日、戴冠式は無事に執り行われた。
カイルは国王の名代としての役目を果たし、ディシスを残して、他の騎士たちと共に帰国していった。
式典が始まる前、一人の青年が騎士の甲冑を身にまとい、護衛に紛れ込もうとした。
だが、すぐに見破られた。
甲冑のサイズがまったく合っていなかったのである。
「ちくしょう!せっかく付いてきたのに!」
青年はそのまま城の牢へ入れられ、ディシスたち騎士の尋問を受けていた。
「ああ、昨夜のうちに我が国王陛下から連絡があった。
『甲冑が一領盗まれた』ことと、『王に逆らわない』と血判を押したはずの反逆貴族の次男が姿を消した、とな」
ディシスは呆れたように言う。
「その体格では騎士は無理だったな。
血判に書かれている通り、そなたは炭鉱送りだ。
他の者と違って、一生足かせ付きになる」
「それは自国の王に対しての誓いだろう!
他国の王は関係ない!
契約違反ではないか!」
青年が叫ぶ。
「そうか。そういう解釈もあるか」
ディシスは面白そうに笑った。
「だったら、この国の法で裁いてもらおう」
その時、ディシスの後ろからカーティスが姿を現した。
「幸い、まったくの未遂だった。
処刑だけは勘弁してやる」
青年はあからさまに安堵した。
「監獄で一生を過ごすか、それとも川へ入るか。
好きな方を選べ。
川を泳いで向こう岸まで渡り切れたら無罪放免。
途中で流されても構わん。逃げ切れたなら、それも運だ」
カーティスはにやりと笑った。
「私は泳ぎには自信がある。
川を渡ろう」
青年は即座に答えた。
「よかろう。では明日の早朝だ」
その裁きを聞いたディシスは苦笑する。
「愚か者め。まあ、せいぜい頑張れ」
そう言い残し、ベルンシュタインへ帰国していった。
翌朝。
囚人用の馬車で運ばれた青年は、川岸へ連れて来られた。
そこで縄をほどかれる。
「さあ、行くがよい」
青年はそのまま川へ放り込まれた。
その場にはハンスも来ていた。
「申し訳ありません。
魚を捕って帰りたいのです。
アリス様が、また召し上がりたいとおっしゃっていたので」
どうやら青年のことはまったく気にならないらしい。
「また流されないでくれよ」
カーティスは呆れたように言う。
「この川岸には数え切れないほど来ました。
記憶を取り戻したい一心で。
ですから、この辺りの流れは熟知しております」
そう言うと、袖をまくり上げ、持参したたらいを川辺へ置いた。
そして――
素手で魚をつかみ、次々とたらいへ放り込んでいく。
「……上手いな」
思わず全員が見入ってしまった。
普通なら、一匹捕まえることすら難しい。
それをハンスは、水の流れを読むように次々と捕まえていく。
「少し多めに捕って帰ります。
王太子殿下も召し上がりたいとおっしゃっていましたね」
王子は新国王の即位とともに立太子し、正式に王太子となっていた。
皆、いつの間にか青年のことなど忘れていた。
その時だった。
「助けてくれーっ! 流される!」
悲鳴が響いた。
ハンスが顔を上げる。
「ああ……滝へ向かう流れに入りましたね。
お気の毒ですが、あれでは助けようがありません」
そう言うと、一度様子を見ただけで、再び魚を捕り始めた。
「なぜ、わかるのだ?」
「何人も流されていく人を見ましたから。
私が見た限りでは、滝へ落ちて助かった者はおりません」
そう答えたところで、ハンスは首を傾げた。
「私は滝へ落ちたと皆様おっしゃいますが……
なぜ私は生きているのでしょう?」
「そなた自身が覚えておらぬのなら、誰にもわかるまい」
カーティスが静かに答える。
「それもそうですね。
これだけあれば十分でしょう」
たらいの中では魚が勢いよく跳ねていた。
しかし、ハンスの視線は滝へ向けられたままだった。
「あ、滝へ落ちました」
見張りの騎士が淡々と言う。
「自国で強制労働を選んでおけばよかったものを。
愚かだな。
ベルンシュタインは罪人に甘い国なのだな。
国王への反逆を企てておいて、軽い罰で済むわけがあるまい」
付き添ってきた騎士が複雑そうな表情を浮かべる。
その時だった。
ハンスは滝をじっと見つめたまま歩き出した。
まるで無意識に引き寄せられるようだった。
声を掛けようとした騎士を制し、
「魚を見ていてくれ」
そう言い残して、カーティスだけが後を追う。
ハンスは川岸をどんどん歩いていく。
その足は驚くほど速く、カーティスは見失いそうになっていた。
やがてハンスは滝脇の急斜面を下り始めた。
カーティスはぞっとする。
上から見守っていると、突然ハンスの姿が消えた。
「まさか、落ちたのか?」
慌てて下を見ても、人影はない。
十分ほど待った頃だった。
再びハンスが姿を現し、何事もなかったように斜面を登ってきた。
「記憶は戻りませんでした。
ですが、一つわかったことがあります」
「何だ?」
「滝の裏に空洞があります。
そこに、古い馬車の部品が残っていました」
カーティスは目を見開いた。
「おそらく、一緒に落ちた馬車に弾き飛ばされ、その空洞へ飛び込んだのでしょう。
だから助かったのだと思います。
見に行かれますか?」
「いや、遠慮しておこう。
私には、そなたほどの運動神経はない」
カーティスは首を振った。
「だが、なぜ空洞があるとわかった?」
「私は、こんな時間にここへ来たのは初めてです。
いつも昼か夕方でした。
今日は滝に朝日が当たり、裏側に妙な影が見えたのです。
それで確かめてみました」
「まったく……恐ろしい視力の持ち主だ」
カーティスが感心したようにつぶやく。
「農家の倅ですから」
ハンスは笑った。
その瞬間、カーティスの表情が変わる。
「……今、何と言った?」
「え?」
ハンス自身も驚いたように首を傾げた。
「何か、大事なことを思い出しかけた気がしたのですが……
消えてしまいました」
「まあよい。
きっと、よい兆候なのだろう」
カーティスは穏やかに笑った。
その後、一行は他の騎士たちと合流し、その夜はハンスが捕った魚が夕食として振る舞われた。
「本当においしいですね」
皆、大喜びだった。
特に王太子とアリスは、満面の笑みを浮かべていた。
「収穫もありましたしね」
カーティスは新国王へ、
滝の裏に空洞があったこと、
そしてハンスが自ら「農家の倅」と口にしたことを報告した。
「少しずつ、つながってきているな。
きっと思い出すだろう」
ハンスの未来は、確実に明るい方へ向かっていた。
騎士は国王に反旗を翻した者は絶対に許しません。という設定。
お魚の手づかみ、普通の人には絶対できないです
お読みいただきありがとうございます




