再会
アリスが大喜びです
二人がアルディア城に到着したのは、夕刻近くだった。
「王太子殿下が、ご一緒に夕食をとおっしゃっております」
カーティスが二人を出迎えた。
「『王太子殿下』とお呼びするのも、今夜が最後ですね」
カイルは笑った。
「お兄さま!」
アリスが駆け寄ってくる。
「お久しぶりでございます。内乱は大変だったと聞きました。ご無事で本当によかったです」
満面の笑みを浮かべるアリス。
その姿を、後ろに控えていた一人の騎士がじっと見つめていた。
アリスはふとその視線に気付き、騎士たちへ目を向ける。
そして、驚きの声を上げた。
「ハンス! ハンスじゃない! どうしてここに?」
「えっ……それはこちらの台詞でございます。
なぜ、あの時のお嬢さんが、お城にいらっしゃるのですか?」
ハンスも目を丸くする。
カイル、ディシス、カーティスの三人も二人のやり取りに驚いていた。
だが、その中で真っ先に顔色を変えたのはカーティスだった。
「そなた……兜を取って、よく顔を見せてくれ」
ハンスは言われるまま兜を外した。
「ま、まさか……!
生きていたのか!
生きているのなら、なぜすぐ戻ってきてくれなかったのだ?
そのせいでエレナ様は……」
カーティスの目に涙が浮かぶ。
ディシスがハンスの肩を軽く叩いた。
「ほら、間違いないでしょう?
そなたは、この城の住人だったのですよ。
この者は王室付き侍従のカーティス殿です。
そなたの顔を見間違えるはずがありません」
アリスはきょとんとしていたが、すぐにハンスへ詰め寄る。
「ハンス!
今度会ったら『もっとおいしいものを食べさせてやる』って約束したでしょう?
覚えてる?」
「ええ、もちろん覚えていますよ、お嬢さん」
ハンスは優しく笑った。
「なのに、朝起きたらもういなくなっていたんだもの。
ちゃんとお礼も言えなかったわ」
そう言って、アリスは深々と頭を下げた。
「あの時は本当にありがとうございました。
おかげさまで、今こうしてお城で暮らしています。
全部、ハンスのおかげです」
今度は周囲の者たちが驚いていた。
「お二人は、お知り合いだったのですか?」
カーティスが尋ねる。
「川へ落ちた時、助けてくださった方がいるって話したでしょう?
その人が、この方なの。
この方がいなかったら、私は助からなかったと思う。
それに、あの時のシャツ――ちゃんと洗って大事に取ってあるの。
後でお返ししますね」
皆の視線が一斉にハンスへ向けられる。
「あれは、たまたま運が良かっただけです。
私は記憶を取り戻したくて、あの辺りを何度も歩いていたのです。
小屋を建てて暮らしながら、昔を思い出そうとしていたのですが……
結局、何一つ思い出せませんでした」
ハンスは遠くを見るような目をした。
「昔の記憶がまったくないそうなのだ」
ディシスが静かに説明する。
「滝へ落ちた衝撃だろう。
とにかく、このことを国王陛下と王太子殿下へ知らせてくる。
そなたも今夜は一緒に食事をしてもらう」
そう言って、カーティスは駆け出していった。
「私はシャツを取ってきます。
後はお願いね」
「かしこまりました」
リリーヌが一礼する。
心配そうなカイルへ、リリーヌは微笑んだ。
「お城の中は、もう大丈夫でございます。
アリス様が迷われることはございません」
それを聞いて、カイルはようやく胸をなで下ろした。
「しかし、そなたが妹を助けてくれたとは。
本当にありがとう」
カイルは手を差し出した。
だが、ハンスは恐縮したように、その手をそっと押し返した。
「恐れ多いことでございます。
私は当然のことをしただけです」
その口調はあくまで冷静だった。
「それより、あのお嬢様はいったい……?
道もない上流から流されてきたので、てっきり農村の娘だと思っておりました。
どうして、お城に?」
「それも後でゆっくり聞けばよい。
ここに立ったままでは体が冷える」
ディシスが言った。
「我々は従者の控室へ参ります。
カイル様とハンス殿は、リリーヌ殿について行ってください」
そう言うと、ディシスは他の三人の騎士を連れて控室へ向かった。
ハンスも付いて行こうとしたが、カイルがしっかり腕をつかむ。
「リリーヌ殿、頼む」
「かしこまりました。
ただし、甲冑はお脱ぎくださいませ」
「それはそうだな」
ハンスは一度騎士たちの控室へ下がり、甲冑を脱いだ後、半ば強引に食事の間へ連れて行かれた。
「リヒャルト!
本当にリヒャルトだ!」
王太子はハンスの顔を見るなり抱き締めた。
「生きていたのだな。
記憶がないと聞いた。
だが、ここに住めばきっと思い出す。
今日からここで暮らすのだ。いいな?」
「いえ、そのような勝手なことは……」
ハンスは戸惑う。
「いや、ベルンシュタイン国王陛下からも文が届いている。
今夜からここで暮らすのだ。
部屋も昔のまま整えてある。
そうすれば、記憶も戻るかもしれぬ」
ハンスは困り切った表情を浮かべた。
「ハンス、これ。
本当にありがとう」
アリスは大切そうにシャツを差し出した。
「ああ……
なくしたと思っておりました。
お嬢様がお持ちだったのですね」
ハンスは安心したように笑う。
「これは、当時私が身に着けていた唯一の品でございます。
これしか身元を証明する物がありません。
当時、騎士の普段着だと聞きました。
ただの騎士がお城に住んでいるはずがありません。
きっと人違いです」
そう言って、ハンスは跪いた。
王太子は穏やかに笑う。
「そのシャツは特別製なのだ。
それこそが、そなたが本物である証なのだよ」
ハンスの顔に驚きが走る。
「ですが、私の背中には……」
言いかけたその時だった。
「大きな刀傷があるのだろう?」
カーティスが静かに言った。
「な、なぜ、それを……」
ハンスは目を見開く。
「ごめんね。
着替えの時、見えちゃったの」
アリスが照れ笑いする。
「『見るな』と言ったでしょう」
ハンスは少しだけ困ったような顔になる。
「だって、窓ガラスに映ったのが見えちゃったの。
直接見たわけじゃないわ」
アリスは悪びれもせず笑った。
「その傷跡も、そなたがリヒャルトである証なのだ。
焦らずとも、そのうち思い出すだろう」
王太子の目は赤く潤んでいた。
「リヒャルト……それが私の名前なのですか?」
ハンスは呆然と呟く。
「そうだ。
さあ、まずは食事にしよう。
話はそれからゆっくりだ」
皆が席に着く。
次々と料理が運ばれてきた。
ハンスはその香りを嗅いだ瞬間、胸の奥がかすかに温かくなるのを感じていた。
なぜか――
とても懐かしい気がした。
ハンス、記憶が戻るといいのですが・・・・
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