それから・・・
内乱は終わりましたが・・・・
「あれがいなくなってくれて、ほっとはしていますが……」
ヘンリーの表情は複雑だった。
「首謀者たちが全員、煙に巻かれて窒息死した。誰が主犯で、誰が共犯だったのか、それすらわからなくなってしまった」
国王は頭を抱えた。
反乱に関わった貴族の家族や重臣たちは拘束され、牢へ入れられている。
その中には、身重の女性や幼い子どもたちもいた。
「どうしたものだろうか……」
国王の苦悩は深かった。
「あの、よろしいでしょうか?」
カイルが静かに手を挙げた。
「何か意見があるのか?」
「幼い者まで罰するべきではないと思います。何もわかっていないのです。これから教えていけばよいのです。
女子供には『国王に忠誠を誓う』という血判を取る。
それに従う者は領地へ帰す。
逆らう者だけを、そのまま牢へ残すというのはいかがでしょうか?」
カイルは、母親の葬儀で笑ってしまい、国王の怒りを買ったアリスのことを思い出していた。
「主だった貴族が反旗を翻したのは事実です。今後は二度と同じ事が起きないよう、仕組みを整えなければなりません」
ヘンリーも真剣な表情で言った。
その結果、幼い子どもや身重の女性は牢ではなく、別室へ移されることとなった。
一方、反乱に加わった兵士たちに待っていたのは、炭鉱での強制労働だった。
足には鎖が繋がれ、自由はない。
「いったい、なぜこんな事に……」
多くの元兵士たちが嘆いた。
すると炭鉱の責任者が静かに口を開く。
「信じる相手を間違えたのだ。
噂を鵜呑みにし、自分の目で確かめようとしなかった。
国王陛下は暴君ではない。ごく普通に国を治めてこられた。
お前たちは、何を求めて反乱に加わったのだ?」
兵士たちは誰一人、答えることができなかった。
「まあ、運も悪かったのだろう。
真面目に働いていれば、いつかここを出られる日も来るかもしれん。
こちらとしては人手が増えて助かる。働きぶりはきちんと評価する」
責任者は穏やかに笑った。
足に鎖こそ繋がれていたが、待遇は決して悪くなかった。
食事は三食きちんと支給され、休憩時間も設けられている。
「国王陛下に忠誠を誓い、一年間真面目に働いた者は鎖を外してもよいとのお達しだ。
鎖が外れた者には給与も支給される。
せいぜい励むことだ」
元反逆者たちの目に、わずかな希望の光が宿った。
領地の再配分も行われ、反乱に加わらなかった貴族たちの領地は広げられた。
その他にも、内乱の後始末は想像以上に多かった。
いつもおちゃらけているディシスでさえ疲れ切り、軽口を叩く余裕もなかった。
「絶対に国王にはなりたくない」
カイルは心の底からそう誓った。
◇
アルディアの王子は無事に帰国した。
そして改めてアリスと向き合う。
「約束通り、無事に帰ってきた。
私と一緒になってくれないか?」
王子は優しい口調で言った。
しかし、アリスは静かに首を振った。
「なぜだ?」
王子は大きな衝撃を受ける。
「そなたは優秀だ。きっと立派な王太子妃になれる」
王太子と王太子妃もそう勧めた。
だが、アリスは静かに答えた。
「私の方向音痴は、亡き母から受け継いだと聞きました。
もし私に男の子が生まれ、その子も同じようだったら……
将来、国王になった時に困ると思うのです」
「そうとは限らないではないか」
王子は思わず声を上げた。
「ですが、いとこ同士なら血が近くなります。
可能性は高くなるのではないでしょうか」
アリスの瞳は真剣だった。
「私は決して王子殿下が嫌いなわけではありません。
何日も考えて出した結論です。
この気持ちは変わりません」
王子はしばらく黙っていたが、やがて微笑んだ。
「やはり、私の目に狂いはなかった。
そなたは素晴らしい王女だ。
私はそこまで考えが及ばなかった」
王子は穏やかに笑った。
「結婚の話は撤回しよう。
だが、これからも妹としてここにいてほしい。
私は兄として、そなたを見守っていきたい」
アリスは笑顔でうなずいた。
「はい、お兄さま。
ご無事のご帰還、おめでとうございます」
王太子夫妻は、正直なところ二人の間に孫が生まれることを期待していた。
その期待が消えたことに少なからず落胆したが、
「確かに、国王が方向音痴では困るな……」
と納得するしかなかった。
寝台に横たわる国王も、その話を聞いて微笑んだ。
「やはり我が孫は賢い。
何もかも母親譲りだ」
◇
それからしばらくして、国王は退位を発表した。
「後は頼む。
わしは残りの人生を、孫たちと穏やかに暮らしたい」
王太子は深く頭を下げた。
「できる限りのことをいたします」
「それから……そなたも頑固なところが、わしによく似ている。
わしを反面教師にしなさい」
国王は苦笑する。
王太子もふっと笑った。
「血には逆らえません。
もし私が頑固になりましたら、その時は遠慮なく叱ってください」
「いや、わしはもう、そのような爺にはなりたくないのだ」
二人は顔を見合わせて笑った。
やがて即位式が執り行われることとなる。
ベルンシュタイン王国からは、国王の名代としてカイルが参列することになった。
国王はまだ内乱の後始末に追われていた。
ヘンリーは立派にその補佐を務めている。
「やはり、王太子はヘンリーでよい」
カイルは従者として同行していたディシスに言った。
「どちらが王太子になられても同じことでございます。
これからも、お二人で支え合ってください」
ディシスは微笑んだ。
「だが私は、ベルンシュタインへ戻りたい。
アリスの側にいたいのだ」
ディシスの表情が少しだけ変わる。
「……娶りたいということでございますか?」
カイルは目を丸くした。
「いや、兄として側にいてやりたいだけだ」
そう答えながらも、胸が妙に高鳴る。
(いったい、これはどういう気持ちなのだろう)
ディシスは小さく笑ったが、それ以上は何も言わなかった。
二人は馬車でアルディアへ向かっていた。
式典用の礼装や荷物が多く、四頭立ての馬車である。
護衛の騎士も四人付いていた。
「新しい騎士、ハンスと言ったな。
ずいぶん腕が立つそうだな」
カイルが尋ねる。
「はい。
ベルンシュタインでもアルディアでも、おそらく一番腕の立つ騎士でしょう」
内乱以降、ディシスは以前のような軽口を叩かなくなっていた。
(軽口がないと、なんだか調子が狂う)
カイルはそんなことを思う。
「それほどの腕を持ちながら、なぜ今まで埋もれていたのだ?」
「賞金稼ぎをしていたそうです。
以前の記憶をすべて失っており、『自分は犯罪者なのではないか』と思い込んで、ずっと身を隠して暮らしていたそうです。
実際は違うのですが……」
ディシスは遠くを見るような目をした。
「そうではない?
まるで昔を知っているような言い方だな」
「本人の記憶さえ戻れば、万々歳なのですが」
そう言って、ディシスは馬車の窓からハンスの背中を見つめた。
「賞金稼ぎから、いきなり王室付きの騎士に抜擢とは……
陛下も思い切ったことをなさる」
カイルは感心したようにつぶやく。
「陛下も、彼の記憶が戻ることを願っておられるのです」
「そこまでなのか?」
カイルは驚いた。
「はい」
ディシスの返事は短かったが、その目は真剣だった。
確かにハンスは騎士として少しも不自然ではない。
むしろ、誰よりも騎士らしかった。
その馬車のはるか後方から、一騎の馬が静かに後を追っていることを、二人はまだ知らなかった。
ディシスが真面目・・・・後が怖い?
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