ヘンリーの懇願
ヘンリー必死です
「アリスちゃんと兄上は、いったいどういう関係だったのですか?」
ヘンリーが真剣な顔で尋ねた。
「最初に孤児だった私が公爵家へ引き取られた。
公爵夫妻には子どもがおられなかったので、『没落貴族の落とし子で孤児になった』と聞き、私を育ててくださった。
その数年後に現れたのがアリスだ。
当時は事情を知らなかったが、なぜか城への立ち入りを禁じられていた」
勉強はよくできる。
しかし、なぜか地理だけは壊滅的だった。
それほど広くない村なのに、とんでもない場所で迷子になっていることが何度もあった。
だから村人たちも常に気に掛けてくれていた。
危険な場所には近寄らないよう皆が見守っていたのだが……
ある日、乗馬の練習中に道を間違え、崖沿いまで行ってしまった。
そのまま川へ転落したらしい。
「私も最近知ったのだ。
ベルンシュタインの兵士たちが山賊討伐中に偶然見つけてくれたそうだ。
それでこちらの捜索隊へ引き渡され、今は王太子殿下の計らいで城で働いている」
「ご両親は?」
ヘンリーが身を乗り出す。
「それが言えない。
私も最近まで何も知らなかった。
そのうち明らかになるだろう」
ヘンリーはしばらく考え込み、やがて顔を上げた。
「ということは……
兄上とアリスちゃんに血のつながりはないのですね?」
「そういうことになる。
私にとっては、かわいい妹だ。
それ以上でも、それ以下でもない」
「では、私の恋を応援してくださってもいいではありませんか!」
ヘンリーの目は真剣だった。
「弟の恋だから応援はしたい。
だが、姑があれでは苦労する未来しか見えない。
あれをどうにかできたら、本気で考えてもいい」
そこまで聞いたヘンリーは勢いよく立ち上がった。
そして、そのまま国王の部屋へ突撃した。
「どうした?」
国王は目を丸くする。
「母上と離婚してください!
私の一生のお願いです!」
ヘンリーは勢いよく頭を下げた。
「……できるものなら、とっくにしておる」
国王は疲れ切った声で答えた。
「では、母上が何かやらかせば、王妃の座から下ろせますよね?」
「侍女への嫌味や暴言くらいでは罪にはならん。
今さらそれで裁けるものではない」
「では、反乱の首謀者に仕立てるとか」
「誰があれについて行く?」
「毒を盛るとか」
「ヘンリー」
国王は深いため息をついた。
「気持ちはわかる。
だが、焦るな。
今ですら侍女が次々辞めている。
このままでは、誰もあれに仕えようとはせぬ。
そのうち本人も、自分一人では何もできぬことを思い知るだろう」
「父上は甘いです。
このままでは、いつまでも母上の天下です。
現に私は素敵な女性を見つけたのに、兄上から
『母上がいるからやめておけ』
と言われました。
もう国内だけの問題ではないのですよ」
国王は嫌な予感しかしなかった。
「……相手は誰だ?」
その時、呼ばれたのがディシスだった。
「アルディア王国のお姫様に一目惚れして、見事に撃沈したのでございます」
ディシスは実に素直に答えた。
「なるほど……」
国王は腕を組む。
「まだ二人とも子どもだから笑い話で済んだ。
だが、本当に他国の姫が嫁いできたら……
確かに何をしでかすかわからぬ。
カイルですら毎日説教を受けておるくらいだからな」
国王の表情は真剣になった。
数日後。
ヘンリーは再び国王へ相談を持ち掛けた。
「どうでしょう。
王妃様のところへスパイを送り込みませんか?」
「そんな女性がおるか?」
「女性でなくてもいいのです。
口説き落としてしまえば」
ヘンリーはにっこり笑った。
「ディシスは独身です。
女性に興味がないように見えて、実は亡きエレナ王女にぞっこんだったそうです。
だから独身を貫いていると、アルディアのカーティス殿から聞きました」
「……あれなら、確かに取り入りそうではある」
後日
ディシスはヘンリーに呼び出された。
「そなた、以前、女性の口説き方を私に教えてくれたであろう?」
「はい?」
「ぜひ実践して見せてほしい」
「どなたにでしょう?」
ディシスは嫌な予感しかしなかった。
「王妃だ」
「…………」
時間が止まった。
「頼んだぞ。
できれば父上と離婚できるところまで持っていってくれ」
ディシスは固まった。
「無理です。
やめてください。
私があの方に食べられてもよろしいのですか?」
「食べはしないだろう。
化け物ではないのだから。
肉体関係まで持っていければ、父上も堂々と離縁できる」
「ヘンリー様」
ディシスは真顔になった。
「今のヘンリー様、王妃様より悪い顔をされています」
部屋が静まり返る。
「そういうことは、おやめください。
それより、アルディア王国から届いた『精神学』の本を読まれた方がよろしいかと。
医師にも直接話を聞いてみてください。
病であるなら、治療法が見つかるかもしれません。
そうすれば、王妃様も落ち着かれる可能性があります」
国王が苦笑する。
「そなた、自分が巻き込まれる話になると、急にまともな案を出すな」
(自己防衛の本能です……)
ディシスは遠い目をしたのだった。
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