弟のプロポーズ
ヘンリーの様子が・・・
次の日。
馬車に乗って、カイルとディシス、そして見知らぬ若い男性が城を訪れた。
「紹介しよう。弟のヘンリー王子だ。ヘンリー、こちらが私の妹のアリスだ」
ヘンリーはアリスの顔を見るなり、頬を真っ赤にした。
「か……かわいい……」
何か話しかけたい。
だが、言葉が喉につかえて出てこない。
「本当にかわいいな。兄上が帰りたがるわけだ」
ヘンリーは小声でディシスにつぶやく。
ディシスも真剣な顔でうなずいた。
三人は応接室でお茶を飲むことになった。
「ヘンリー、今日はずいぶん静かだな?」
カイルが不思議そうに尋ねる。
「そ、そうですか?」
ヘンリーはしどろもどろだった。
何を話せばいいのかわからない。
しかし、思い切って口を開いた。
「アリス殿、婚約者はおられますか?」
「いきなりそれか?」
カイルは思わず目を丸くした。
「おりません。
もともとは、お兄様と結婚する予定だったそうです。
ですが、お兄様が王子だとわかったので、その話はなくなりました」
アリスは淡々と答える。
「お、王子では……だめなのですか?」
ヘンリーは真剣な表情だった。
「わかりません。
今はいろいろ事情がございますので、婚約のお話は、しばらくないと思います」
アリスは微笑みながら答えた。
「で、では、私が立候補しても構わぬわけですね!」
ヘンリーは勢いよく立ち上がる。
「えっと……私一人では何とも申し上げられません」
アリスは目を丸くしたまま答えた。
「兄上! アリス殿と私の結婚を後押ししてください!
そうすれば、私が王太子になっても構いません。
アリス殿、将来の王太子妃になってくださいませんか?」
カイルもアリスも固まった。
「会ったばかりではないか……」
カイルはあきれたようにつぶやく。
「それに、この子は少々そそっかしい。
前にも話しただろう?
王太子妃には向かないと思う」
そう言いながら、胸に小さな棘が刺さったような違和感を覚えた。
「そこがいいのでございます。
兄上から散々話を聞かされて、どんな娘かと思っていましたが……
女の子って、こんなにかわいいものだったのですね。
私は間違っていました。
アリス殿。
私はあなたに一目惚れしました。
結婚を前提に、お付き合いしていただけませんか」
カイルは頭を抱えた。
「それは独断で決めることじゃない。
国王同士が話し合うべきことだ。
勝手に決めてはいけない」
「なぜです?」
「そなたが王子だからだ。
だが、もし王太子になる覚悟があるなら……父上に口添えくらいはしてもいいかもしれない」
そこまで言って、カイルは自分でも驚いた。
(あれ? これは本当に私の本心なのか?)
自分はアリスに会いたくて、この国へ帰ってきた。
そのアリスが弟の妻になる。
(意味がない!!)
その瞬間、自分の本当の気持ちに気付いてしまった。
(だけど、兄弟で一人の女性を取り合うなんて……
いや、アリスは妹だぞ?)
頭の中がぐるぐると回る。
その時、ディシスが部屋へ戻って来た。
妙な空気にすぐ気付く。
「あれ? ヘンリー王子殿下、また何かやっちゃいました?」
若い者同士の話に中年の自分が混じるのもどうかと思い、席を外していたのだが――
カイルは黙ってうなずき、
アリスは少し顔を赤くして視線をそらし、
ヘンリーは相変わらずアリスを見つめていた。
「ディシス! 私は決めたぞ!
アリス嬢を妻にする!」
「あちゃー……」
ディシスは額に手を当てた。
「そういうことは直接おっしゃってはいけません。
まずは国王陛下を通していただかないと。
それでは相手に悪い印象を与えてしまいます」
ディシスは真剣な顔で説教を始めた。
「王子たる者、たとえ恋をしたとしても、すぐに口に出してはいけません。
相手の女性が自然と自分に好意を持ってくださるよう振る舞う。
それが王子というものです」
「ディシスでも、まともなことを言うんだな」
カイルがぼそりとつぶやく。
「どういう意味ですか!」
ディシスは本気で抗議した。
「いや、今までずっと、おちゃらけ担当だと思っていたから」
カイルの頭には、どうしても「風呂覗き」の印象しか浮かばない。
「……いや、待て。
『たとえ恋をしたとしても』以降は、普通じゃなかったな」
カイルは我に返る。
「普通なら『国へ帰って国王陛下にご相談しましょう』だろう。
何だ? 『好きになっていただけるように振る舞う』って……」
カイルはジト目になった。
なぜ一瞬でも、それが普通だと思ってしまったのだろう。
すっかりディシスのペースに乗せられている。
「そんなことはどうでもいい!」
ヘンリーは勢いよく立ち上がった。
「アリス殿! 私と一緒にベルンシュタインへ来てください!
兄上とアリス殿と私、三人で暮らしましょう!」
「えっ? お兄様と一緒?
でしたら行きたいです。でも……」
アリスは困ったようにうつむいた。
「何が問題なのです?」
ヘンリーが真剣に尋ねる。
(いや、問題しかないだろ!)
カイルは心の中で突っ込む。
「お城を出る時は、必ず馬車を使うよう言われています。
ベルンシュタインのお城の中でも、馬車に乗るのでしょうか?」
ヘンリーとディシスは同時に固まった。
「あ……妹は、とんでもない方向音痴なんです。
新しい城だと慣れるまで時間がかかります。
まずは『迷子対策本部』を作らないと、連れて行くのは無理でしょう」
カイルは真剣だった。
「それに、そなたの母上が何と言うかわからない」
「あーーーっ!!」
ヘンリーは頭を抱えた。
「存在をすっかり忘れていました!
あれがいたら駄目です!」
しばらく黙り込んだ後、アリスに向き直る。
「申し訳ありません。
最初から今までの話、全部忘れてください」
そう言って深々と頭を下げた。
「はい。その方が問題がなくてよいと思います」
アリスもうなずいた。
ヘンリーは小さくため息をつく。
(母上がいる限り、アリス殿を危険な目に遭わせるわけにはいかない……)
本気だったからこそ、あきらめるしかなかった。
最初で最後の、王妃が我が子の役に立った瞬間だった。
それ以来、ヘンリーは帰国してからも、
「アリスちゃん、かわいい」
と、一日に何度も口にするようになった。
ディシス、この時の言葉が後でブーメランになります
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