カイルの失踪
兄の帰りを待ちわびるアリスですが・・・
半年が過ぎようとしていた。
そろそろ兵士たちの長期休暇の時期である。
カイルから届いた手紙にも、帰省予定の日が書かれていた。
アリスは兄が帰ってくる日を、毎日指折り数えて待っていた。
そして、ついに帰宅の日を迎えた。
朝食を食べ終えると、アリスは玄関の前に立ち、今か今かと兄の帰りを待ち続けた。
どれほど時間が過ぎただろうか。
遠くから馬のひづめの音が響いてくる。
「帰ってきた!!」
アリスは思わず道へ飛び出そうとした。
「お嬢様、危のうございます!」
侍女が慌ててアリスを抱き止める。
「走っている馬の前へ急に飛び出すと、馬が驚いて、乗っている方を振り落としてしまうことがあるのです」
侍女が優しく説明した。
「そうなんだ。知らなかった。ごめんなさい」
アリスは素直に謝り、再び玄関で待つことにした。
やがて馬が屋敷の前で止まる。
しかし、馬上にいたのはカイルではなく、見知らぬ中年の男性だった。
「ここは見習い騎士カイル殿のお屋敷で間違いないか」
男が落ち着いた声で尋ねる。
「はい。そのとおりでございます」
侍女は深く一礼した。
アリスも慌ててそのまねをする。
「私は城から参った使者、カーティスと申す。カイル殿のご両親にお会いしたい」
カーティスは馬から降りると告げた。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。旦那様をお呼びしてまいります」
侍女は足早に屋敷の中へ入っていった。
その間にカーティスは庭の大木へ馬をつなぐ。
「お嬢ちゃん、悪いが、この馬に水を汲んできてもらえないか」
「わかりました」
アリスは急いで厩舎へ走っていった。
その頃、公爵が玄関へ姿を現した。
カーティスは片膝をつく。
「公爵閣下、ご子息の件でご報告申し上げたいことがございます」
「ここでそのようなことをする必要はない。中へ入りなさい」
使用人が扉を開ける。
「アリスを中へ入れるな。よいな」
公爵は侍女へ言い残し、カーティスとともに屋敷へ入っていった。
侍女は胸騒ぎを覚えた。
しばらくして、アリスが厩舎の管理人と一緒に戻ってくる。
「まったく、お嬢様に馬の水汲みを頼むとは失礼な」
管理人はぶつぶつ文句を言いながら桶を運び、馬の前へ置いた。
「ほう……見事な馬だ」
管理人は感心したように馬を眺める。
「毛並みも艶も素晴らしい。身体つきも美しい。なかなかお目にかかれない名馬ですよ」
熱心な説明に、アリスは目を輝かせた。
「さわっても大丈夫かしら?」
馬は静かに頭を下げ、アリスの手へ鼻先を寄せた。
「すごい! とってもおりこうさん!」
アリスは嬉しそうに馬をなでた。
◇
その頃、屋敷の中では――
「何だと? カイルが行方不明だと? 一体どういうことだ!」
公爵が厳しい表情でカーティスを見据える。
「国際会議の警護のため、他の見習いたちとともに整列していたことまでは確認されております。しかし解散後、突然姿を消しました。総出で捜索いたしましたが、未だ手掛かりはございません」
「この件は陛下へ?」
公爵が問い掛ける。
「ご報告はいたしました。しかし、『たかが子ども一人で騒ぐな』とのお言葉で、お取り合いいただけませんでした」
公爵の表情がさらに険しくなる。
「あの子は私が親戚から預かった大切な子だ。行方不明で済ませるわけにはいかん。何としても探し出してくれ」
「私も全力を尽くします。しかし、私一人の力では限界がございます」
カーティスは悔しそうにうつむいた。
「あの方がおられれば……」
公爵は目を閉じ、小さくつぶやく。
「王太子殿下へ事情をご説明し、ご協力をお願いしましょう」
カーティスは真剣な表情で言った。
「それしかあるまい。しかし、王太子殿下にどこまでお力添えいただけるか……」
公爵は手で額を押さえた。
「以前よりずっとご立派になられております。どうか希望をお持ちください」
カーティスが静かに励ます。
ふと思い出したように口を開く。
「ところで、アリス様はどちらに? 王太子ご夫妻から、ご様子を見てくるよう仰せつかっております」
「玄関にいたはずだ。侍女とともに、カイルの帰りを待っておった」
その言葉を聞いた瞬間、カーティスの顔色が変わった。
「私は、てっきり侍女見習いのお嬢さんかと……。大変失礼なことをいたしました」
公爵は苦笑しながら遠くを見る。
「母上には、まったく似ておられないからな……。よい。王太子殿下へ、くれぐれもよろしくお伝えください。そして、カイルのこともお願いいたします」
「承知いたしました」
カーティスは深く一礼すると、急いで屋敷を後にした。
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