国王の後悔
国王の本心から始まります
「アリス、アリス……すまなかった……。わしが悪かった……」
国王は、うわ言のように繰り返していた。
「何を今さら……」
王太子は、あきれたように父親を見下ろした。
「私たちは娘ができるのを楽しみにしていた。なのに……」
王太子の怒りは、いまだ収まっていなかった。
「あなた、もうおやめになってください。過ぎたことです」
王太子妃が静かにたしなめる。
「過ぎてなどおらぬ。
川へ落ちたのだぞ。城で育っていれば、そんなことにはならなかった」
「父上、おやめください。本当に過ぎたことです。
まさか、おじい様が後悔なさっているとは、夢にも思いませんでした」
王子も王太子をなだめた。
「失礼いたします」
そこへアリスが入って来た。
「国王陛下、お体をお拭きいたします」
お湯を入れた桶と布を持っている。
「すまないな。
そなた以外には、皆厳しすぎて誰も近寄ろうとせぬ。頼む」
そう言って、王太子一家は部屋を後にした。
「国王陛下、ご気分はいかがですか?」
アリスは優しく声を掛ける。
国王はゆっくりと目を開けた。
「夢を見ていた……娘の葬儀の日の夢だ……」
アリスは何も言わず、国王の肌着を脱がせ、お湯で体を丁寧に拭いていく。
「気持ちがよい……。
そなたの手つきは、本当に優しいな」
国王は独り言のようにつぶやいた。
全身を拭き終え、新しい肌着を着せる。
「さっぱりしたぞ。そなたにしてもらうのが一番だ」
国王は嬉しそうだった。
「孫娘が、生きてさえいてくれれば……」
国王の目から涙がこぼれる。
アリスは黙ってハンカチでその涙を拭った。
「わしは、怒ればあの子が怖がって泣き、許しを請うと思っていた。
わしに取りすがってくれると……。
だが、あの子は、そのまま眠ってしまった……」
国王は遠い目をする。
「私は振り上げた拳を下ろせなかった。
息子も嫁も、あれほど止めてくれたのに。
自分は孫に嫌われたのだと思い込んだ。
嫌われているのなら、側に置くことなどできないと……」
そう言うと、再び体を震わせて泣き始めた。
「馬鹿だった。
嫌われて当然のことをしておいて、好かれたいなど愚かだった」
アリスは黙って国王の背中をさすった。
「取り返しのつかないことをした。
早く死んで、あの世であの子に会いたい。
エレナにも、リヒャルトにも謝りたい」
アリスは何も言えず、ただ静かに話を聞き続けた。
「すまないな。
年寄りの愚痴など、そなたの年では聞きたくもあるまい」
国王は優しく微笑んだ。
アリスは黙って首を横に振る。
「また後ほど、お食事をお持ちいたします」
一礼すると、部屋を後にした。
廊下を歩きながら、アリスは考える。
(なんで、こんなことになってしまったのかなあ……)
誰も悪くないと思う。
母の遺言。
その意味を取り違えた幼い自分。
葬儀で笑えば、怒られて当然だった。
(「本物のお孫ですよ。今、目の前にいますよ」って言いたくなる……)
けれど、それを言えば、また以前のように
「出ていけ!」
と言われるような気がして、何も言えなかった。
国王の様子は、王太子夫妻と王子へ報告した。
「もう、お灸は十分ではありませんか。
そろそろ、お許しになってはいかがでしょう」
王太子妃が穏やかに言う。
「いや。
父上が私に直接謝るまでは許さぬ」
王太子は言い切った。
王子とアリスは顔を見合わせる。
(どっちも頑固だ)
二人は目だけでそう言い合った。
その後もアリスは、変わらず国王の世話を続けた。
いつの間にか城にも慣れ、迷子になることも少なくなっていった。
しかし、
「城の外へ出る時は、必ず馬車を使いなさい」
と、王太子にも公爵にも厳しく言い渡されていた。
「たまたま助かっただけなのだ。
本当に運が良かった。
普通なら、あの川へ落ちれば滝へ流される。
そなたの父親もそうだった」
公爵が静かに言う。
「お父様ですか?」
アリスは目を見開いた。
「そうだ。
騎士の作業着姿のまま流され、滝へ飲まれた。
そのまま遺体が上がることはなかった」
公爵は唇を噛み締めた。
「道が崩れ、川へ落ちかけた辻馬車の救助に行った。
自ら崖を下り、一人また一人と客を助け出した。
最後の一人を救った直後、馬車と共に川へ転落した。
皆が必死に『陸へ上がれ!』と叫んだが、そのまま滝へ流されていった……」
アリスはぞっとした。
(私も、滝へ落ちていたかもしれない……)
今さらながら背筋が凍る。
「亡きリヒャルトの魂が、安全な方へ導いてくれたのかもしれぬな」
王太子が静かにつぶやいた。
「私は今でも信じられぬ。
あのリヒャルトが死んだなど。
背中を切りつけられても生き延びた男だった」
「背中に傷が?」
アリスは、どこかで見たような気がしたが思い出せなかった。
「あれは、こちらの国王陛下とベルンシュタイン国王が式典に出席されていた時のことだ。
ベルンシュタイン側の騎士が突然、国王へ斬りかかった。
誰も間に合わぬと思った瞬間、リヒャルトが身を挺して国王をかばい、背中に深い傷を負った。
そのまま振り返り、襲撃者を返り討ちにしたのだ。
犯人は何者かに金で買収されていた。
それ以上のことは、今ではカイルの方が詳しいだろう。
今や、ベルンシュタイン国王の右腕のような存在だからな」
国交が回復してからというもの、カイルはディシスを連れ、何度もアルディア王国を訪れていた。
「明日あたり、また来るそうです。
今度は弟殿下もご一緒だとか」
カーティスがそう告げた。
国王が倒れたため、カーティスは再び王太子付きへ戻っていた。
親子って似るんですよね
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