国交回復
アリスちゃん、「人たらし」です
「こちらの国王陛下がお倒れになったことは知っているな?」
公爵がディシスに尋ねた。
「はい。昨夜、酒場で噂だけは耳にいたしました。国境近くでしたので、どこまで正確な情報かは判断しかねますが……。
お孫様が川へ流され、そのことに大変な衝撃を受けられたとか。本当のお話でしたら、お気の毒なことでございます。私が知っているのは、それだけです」
ディシスが答えた。
「孫の件まで伝わっているのか……」
王太子はため息をつく。
「そういう訳で、今は私が国王代理を務めている。
カイルの件だが、そちらでは、もう返すつもりはないのだな?」
「はい。ご本人が残られるとお決めになりましたので」
「それは、弟とそなたが私をはめたからではないか!」
カイルが涙目で言う。
「さあ、何のことでございましょう。覚えがありません。
とにかく、ご自身で『残る』と宣言なさった事実に変わりはございません」
ディシスは真顔で言ってのけた。
「私以外の騎士たち全員の前で宣言なさいました。
それ以来、私どもはずっと第一王子として接しております
それを今さら『やっぱり元の国へ帰ります』では困ります。国王陛下もヘンリー様も、お認めにはならないでしょう」
カイルは何も言えず、押し黙るしかなかった。
「まあ、元々『孤児』と聞いて引き取ったのだ。
実の親がおられたのであれば、その方がよい」
公爵は遠い目をした。
「え? それじゃあ、お兄様は帰って来られないのですか?」
アリスの目から涙がぽろぽろとこぼれる。
(うっ……罪悪感が……。なぜだ?)
ディシスは、なぜかアリスに対してだけは、他の者と同じように接することができなかった。
「えーとですねぇ……実は、帰れる方法がないわけではないんですよねぇ……」
ディシスがぼそりとつぶやく。
「どうすれば?」
アリスの目が輝いた。
「ヘンリー王子殿下が王太子になれば、カイル様は第二王子となります。
そのうえで、こちらの養子に戻ればよいのです。
ところが、ヘンリー様にはまったく立太子されるお気持ちがないのです」
ディシスが説明した。
「待て。
カイルは第一王子なのだろう? ヘンリー殿は第二王子だと聞いた。
それでは揉めるのではないか?
それなら、なぜカイルを強奪同然に連れ去ったのだ? 意味が分からん」
王太子が首をかしげる。
カイルとディシスは顔を見合わせた。
「いろいろ複雑な事情がありまして……」
カイルがため息をつく。
「アリス、ごめんな。
私はしばらくこちらへ帰れそうにない。
アリスには王太子ご夫妻、王子、父上がついている。
だが、ヘンリーには国王陛下と私しかいないのだ」
「では、お帰りいただけるのですね!」
ディシスの顔がぱっと明るくなる。
「アリスが城で大切にされていることが分かった。
前の公爵邸だったら心配だったが、城内なら川へ落ちることはあるまい」
カイルは遠い目をした。
「川へ落ちたのは王孫様では?」
ディシスが不思議そうに首をかしげる。
「詳しい話は、そのうち話そう。
とにかく、国交は回復することになった」
王太子が言う。
「カイルが第一王子として、国王陛下の名代となり、両国の橋渡しをする。
それでよいのだな?」
王太子はディシスに確認した。
「はい。それでまったく構いません。
こちらといたしましては、カイル様にお戻りいただけるのであれば、それで十分でございます」
ディシスは満面の笑みを浮かべた。
「アリスちゃん。
兄上はこれから何度も帰って来られる。
だから今は、それで我慢してくれないか?」
ディシスは優しくアリスへ語りかけた。
アリスは少し不満そうだったが、小さくうなずいた。
(よし。アリスちゃんを納得させられた)
ディシスは胸をなで下ろした。
「そなた、アリスが気に入ったようだが、嫁にはやらぬぞ」
公爵がジト目でディシスを見る。
「ち、違います! それはありません!」
いつもふてぶてしいディシスが、珍しく慌てふためいていた。
その様子が、カイルには妙に新鮮だった。
「では、この件はそれで決まりだ。
そちらの王族にいるという、少々考え方の偏った人物についての書物などは、次回までに用意しておこう。
カイル。
いろいろ大変だとは思うが、頑張ってくれ。
これからは両国で支え合っていこう」
「ありがたきお言葉」
カイルが膝をつこうとする。
「そなたは第一王子だ。私と対等の立場だ。
もう跪く必要はない」
王太子が止めた。
「いえ。私は王太子ではなく、ただの王子ですから」
カイルは静かに答える。
王太子は複雑な表情を浮かべた。
「よろしくお願いいたします」
跪いたのはディシスだった。
「本当に、そなたは変わらぬな」
ディシスを見て、公爵が笑う。
「まさか、父上とディシスが知り合いだったなんて」
カイルはため息をつく。
「この者は、エレナ様付きだったのだ。
よく失敗をしては、エレナ様に助けられておった」
公爵は懐かしそうに笑った。
「はい。そして、いろいろな知恵まで授けていただきました。
おかげで、カイル様に残っていただけることになりました」
ディシスは、にっこりとカイルを見る。
カイルは何とも言えない表情になった。
「あれは、エレナ王女殿下仕込みだったのか!」
なぜか亡きエレナ王女に、少し複雑な感情を抱くカイルであった。
こうして、アルディア王国とベルンシュタイン王国の国交は正式に回復した。
ディシスの過去、これからも出てきます
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