関係のない話
タイトル悩みました
数か月が経った頃だった。
「なぜか、そなたを見ると、亡くなった娘を思い出す」
アリスが書類を渡すと、国王はしみじみと言った。
「そうでございますか」
アリスはさらりと受け流す。
迂闊なことを言って正体が知られたら大変である。
「孫娘がいたのだが……今はどうしているであろうな」
国王の目が遠くなる。
アリスは下を向いた。
まさか国王陛下が自分を気にしてくれているとは、まったく思っていなかった。
アリスは何も言えない。
「私は愚かだった……」
国王は独り言のようにつぶやいた。
アリスは驚いて顔を上げる。
「そなたに話しても仕方がないな。忘れてくれ」
そう言うと、国王はいつものように冷静な口調で指示を出した。
アリスはほっとして、仕事へ戻るのだった。
しばらくすると、公爵が国王に呼ばれた。
「わしの孫娘は、そなたに引き取られたと聞いたが?」
公爵は目を見開いた。
まさかアリスを引き取ったことが国王に伝わっているとは思っていなかったからだ。
「今、孫はどうしておる?」
公爵は遠い目をした。
「実は、半年前に川へ落ちてしまいまして……」
そこで言葉を止める。
「息子として育てていた子も、隣国の本当の親に引き取られてしまいました。それで夫婦二人だけになり、寂しさのあまり、こうして再び城へ戻ってきたのでございます」
国王の顔が真っ青になった。
「な、なぜ川に落ちたのだ?」
「エレナ様と同じように、右と左の区別がつかなかったためだと思われます」
公爵は目を閉じ、うなだれた。
あの時の絶望が、よみがえってきたのだ。
国王の顔はさらに青ざめ、呼吸が荒くなる。
そして突然、胸を押さえて苦しみだした。
公爵はそれを見て、まさか、と思った。
同時に、自分の顔からも血の気が引く。
「誰か来てくれ! 陛下が!」
公爵が慌てて声を上げた。
国王付きの従者たちが、部屋になだれ込んでくる。
「早く医師を!」
「寝室へお運びしろ!」
「陛下、どうかお気を確かに!」
その場は大騒ぎとなった。
公爵は、まさかそこまで衝撃を受けられるとは思わず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
国王は一命を取り留めたものの、そのまま寝たきりとなった。
その日から、王太子が国王代行を務めることが決まった。
◇ ◇ ◇
「私はなぜ、まだここにいるのだろう……」
カイルは部屋の窓から外を眺めていた。
毎日のように王妃から呼びつけられる日々が続いている。
ヘンリーは、
「王太子は兄上です。私は補佐役になります」
そう言っては、母親である王妃を激怒させていた。
そのたびに、カイルが王妃に呼び出される。
「身の程を知りなさい! 自ら王太子にはならないと宣言しなさい! 私は国母になるのよ!」
王妃はぎゃあぎゃあと叫び、カイルの話などまったく聞こうとしない。
最初の頃こそ、
「私は王太子になる気はありません。ご安心ください」
と説明していた。
だが王妃は聞いていなかった。
カイルは、ヘンリーが言っていた「悪意のない愚かさ」という言葉を思い出す。
数時間、何も言わず、王妃が疲れて口を閉じるまで待つ。
そんな日々が続いた。
「兄上、申し訳ありません」
そのたびに、ヘンリーがカイルへ頭を下げる。
「いいや。私の理解が足りなかった。あれでは、そなたが嫌になるのも当然だ」
ヘンリーは、兄が理解してくれたことが嬉しくて仕方がなかった。
「父上も大変ですね」
その頃には、カイルにもベルンシュタイン国王夫妻の内情がだいぶ分かってきていた。
ベルンシュタイン国王も、
「理解してくれて嬉しいぞ」
と、侍従とともに喜んでいた。
「私は庶民の近くに住んでおりましたが、あのような方は見たことがありません」
カイルが言う。
「そうであろう? まさか、あのような人格が存在するなど、私もまったく考えなかったのだ」
国王の目が遠くなる。
「王妃となる前は、大人しく、とても気さくな娘だった。そなたに対しても『実の子としてしっかりお育ていたします』と約束してくれていた。貴族令嬢であったから、ある程度の教養もあると思っていた」
国王は苦々しく続けた。
「王妃になってからもしばらくは、しおらしかった。しかしヘンリーを産んでから豹変したのだ」
『自分は王妃で、男の子を産んだ。その子が王太子にならないのはおかしい。自分は国母になるのだ』
そう言い出したのである。
「なぜ、そこまで『国母』にこだわるのでしょうか」
カイルは首をかしげた。
「分からぬ。ただ、私としては国母どころか、王妃の座からも降りてもらいたい。だが、まったく話が通じない。どうしたらよいのか分からぬのだ」
カイルは少し考え、以前から気になっていたことを口にした。
「医師には診せられたのですか?」
国王が目を見開く。
「医師? あれは体だけは丈夫だぞ」
側にいた侍従もうなずく。
「昔読んだ本に、『頭を打って性格が変わった人間』の話がありました。もしかして王妃様も、どこかで頭を打たれて、それでお変わりになったのではないかと」
「そんなことがあるのか?」
国王は興味深そうに身を乗り出した。
「うろ覚えでございます。アルディア王国には、その手の書籍があったと思います。そういう人を診る医師もいたような気がいたします」
「それは興味深い。ぜひ詳しく知りたいのだが……」
国王は頭を抱えた。
「私は、アルディア国王陛下を深く傷つけてしまった。今は国交が断絶している。そなたが強引にこちらへ連れてこられたのも、そのせいなのだ」
「いったい何があったのですか?」
カイルは、以前から聞きたかったことだったので、真剣な顔で国王を見つめた。
「よかれと思ったのだがな……」
国王の目が遠くなる。
「エレナ王女と、平民である恋人が結ばれるよう口添えをした。エレナ王女の夫は、私を庇って背中に深い傷を負ったのだ。命が助かって本当によかった」
国王は静かに続けた。
「だから私は、アルディア国王陛下に『二人を結婚させてほしい』と願い出た。彼を我が国の貴族に引き立てた。二人は結ばれ、幸せそうだった。私は嬉しかった」
だが、国王の声が沈む。
「ただ、そのせいで二人は若くして逝去してしまった。私のせいなのだよ」
カイルは首をかしげるばかりだった。
「お二人を結婚させたことと、若くして亡くなられたことは、まったく別の話なのでは?」
「そうかもしれない。しかし、あちらの国王陛下がそう思っておられるのであれば、そういうことなのだろう。だから国交が断絶しても仕方がない」
カイルは、その言葉で決心した。
「私を一度、アルディア国へ戻してください。私の養父は引退したとはいえ公爵です。国王陛下とも面識があります。いくら何でも、そのような理由で国交断絶などおかしいです」
カイルの申し出に、国王は静かに首を横へ振った。
「大丈夫だ。水面下では、あちらの王太子殿下とやり取りがある。そなたのことも、あちらにはきちんと伝えられている」
「しかし……」
その時だった。
「兄上が行かれるのであれば、僕もついて行きます」
ヘンリーだった。
「兄上だけ行かせたら、帰ってこないかもしれません。監視について行きます」
ヘンリーの目は必死だった。
「いや、そのようなことはない。必ず帰る」
そう言いながらも、カイルは内心で思う。
(アリスに会いたいのが本音だからな……。引き留められたら、こちらへ戻れる自信がない)
「兄上は、僕と一緒なら大丈夫です。帰らないと言っても、僕が引きずってでも一緒に連れ帰りますから」
ヘンリーは自信たっぷりに言った。
「それに、兄上が育った国を見てみたいのです」
「そなたまで行ってしまったら、二人揃って何かあった時に困る」
国王の顔が青くなる。
「兄上は身元確認のため、こちらの騎士にのぞき見されたんですよ」
ヘンリーが言う。
「それと、そなたがついて行くことに何の関係があるのだ?」
国王は不思議そうに尋ねた。
「何の関係もありません」
ヘンリーはさらりと言った。
「それと同じくらい、父上の話と国交断絶の話は訳が分かりません」
「例えが飛びすぎていないか?」
国王は複雑な顔をする。
「言ってみたかっただけです」
カイルは顔には出さずに思った。
(私には、実父と弟がよく分からない……)
ヘンリーのセリフがおかしかったので、タイトルに採用しました
お読みいただきありがとうございます




