13. 怪物と呼ばれた治癒者
Q は静かに言った。
「教えてやる。ただし、その前に……一つ付き合ってもらう。」
雪誠はわずかに眉をひそめる。
「何をする。」
Q は答えず、ただ扉へ向かって歩き出した。
「来れば分かる。」
雪誠は無言で後を追う。
二人は治癒塔の長い廊下を抜け、螺旋階段を降り、
そのまま王都騎士団の方角へと向かっていく。
進むほどに、空気が重くなる。
雪誠は感じていた。
――ここには、死と苦痛の匂いが満ちている。
Q は重い鉄扉を押し開けた。
そこは、騎士団の療養室だった。
十数名の重傷者が横たわっている。
腕や脚を失った者、魔物に腐食された者、
今にも息が途切れそうな者。
血と薬草の匂いが混ざり合い、鼻を刺す。
雪誠の瞳がわずかに細くなる。
Q は一つのベッドの前に立った。
そこには胸を魔物に裂かれた若い騎士がいた。
傷口は黒紫に腐り、生命力は急速に失われている。
「昨日、前線から運ばれてきた。」
Q の声は重い。
彼は雪誠の方へ向き直った。
「高位治癒魔法を習得したと言ったな。
なら……証明してみせろ。」
雪誠は何も言わず、騎士の傍らに立つ。
手をかざし、魔力を集中させる。
Q は横で見守りながら思う。
――初めて“死”を前にするんだ。
きっと失敗する。
だが次の瞬間。
雪誠の魔力が、異常なほど純粋になった。
濁りがない。
揺らぎがない。
まるで治癒のためだけに生まれた魔力。
雪誠は静かに呟いた。
「……《ハイ・ヒール》。」
柔らかく、しかし圧倒的な光が騎士の胸を包む。
腐った肉が再生し、
黒紫の毒が光に押し出され、
砕けた骨が繋がり、
血肉が光の中で蘇る。
わずか十秒。
騎士の呼吸は正常に戻り、
灰色だった顔色が赤みを帯びた。
完全治癒。
Q の目が飛び出しそうになる。
「……い、いきなり……?」
雪誠は手を下ろし、淡々と言う。
「治った。」
騎士は目を開け、自分の身体を見て震えた。
「お、俺……生きてる……?」
Q は言葉を失った。
失敗すると思っていた。
吐血すると思っていた。
反動で倒れると思っていた。
だが――
雪誠は初めての実戦で、
王都治癒団すら救えなかった重傷者を
完璧に治してみせた。
Q の手が震える。
「お前……いったい何なんだ……?」
雪誠はただ静かに言う。
「言ったはずだ。
俺には力が必要だ。
――彼女を救うために。」
Q はその瞳を見て、悟った。
この子はもう“天才”ではない。
治癒のために生まれた怪物だ。
騎士団本部・情報部
Q は雪誠を連れて騎士団本部の奥へ進む。
石造りの廊下に足音が響く。
彼はただ案内しているのではない。
――明らかに“見せたい相手”がいる。
重い木扉を開ける。
そこにいたのは、王国の影を司る男。
**第一団長:影刃団長
――情報・暗部統括**
部屋の奥で黒髪の男が椅子にもたれ、
薄い笑みを浮かべていた。
騎士というより、
背後から刺してくる暗殺者のような雰囲気。
その視線が雪誠を舐めるように観察する。
「こいつが……例の“子供”か?」
Q が頷く。
「そうだ。」
影刃団長は立ち上がり、雪誠へ歩み寄る。
足音がほとんどしない。
目の前に立ち、見下ろす。
「名前。」
雪誠は平然と答える。
「雪誠。」
影刃団長の笑みが深くなる。
「十歳で、瀕死の騎士を治した?
治癒塔に気配もなく出入りできる?」
彼は雪誠の周りを一周する。
「……普通じゃないな。」
雪誠は否定も肯定もしない。
その瞬間、影刃団長の手が稲妻のように伸びた。
肩を掴もうとする――
速すぎて、普通の人間なら見えもしない。
だが雪誠は、ただ軽く身をずらした。
掴み損ねた影刃団長が静止する。
部屋が凍りつく。
影刃団長の目が初めて真剣になった。
「……面白い。」
Q が咳払いする。
「彼を連れてきたのは、彼が我々を必要としているからだ。
そして――君たちも彼を必要とする。」
影刃団長は眉を上げる。
「十歳のガキをか?」
Q は淡々と言う。
「彼は、お前たちにできないことができる。」
影刃団長は雪誠を見つめる。
まるで希少な武器を見るような目で。
「坊主。俺が何を担当してるか知ってるか?」
雪誠は即答する。
「情報、暗殺、諜報、尋問。」
影刃団長は一瞬固まり――
そして笑った。
「ハハ……Q。
お前が連れてきたのは子供じゃない。
化け物だ。」
Q は肩をすくめる。
「私もそう思う。」
影刃団長は笑みを消し、正式な声で言った。
「雪誠。
王国情報部団長として問う。
――王国のために力を貸す気はあるか?」
雪誠は顔を上げる。
銀の瞳が冷静に、しかし強く光る。
「俺が動くのは一人のためだけだ。
だが……お前たちの任務が彼女の邪魔にならないなら――
手を貸してもいい。」
影刃団長は一瞬だけ目を見開き、
そして満足げに笑った。
「いいな。
俺は正直な奴が好きだ。」




