Ⅱ 噂の聖賢(うわさのせいけん)
ノヴァの先導により、すぐに丘の上の教会前までたどり着いた。
若干遅れ着いたネージュが「ここか」と呟くと少年が口を開く。
「実は僕、相棒の好い人知らないんだよね。ここにはいると思うけどさぁ」
「何っ? では、見つからなかったらどうするのだ。大馬鹿者がっ!」
「だって相棒、恥ずかしがって教えてくれなかったんだもん」
「だもん、ではないわ愚か者めがっ」
ネージュは地団駄を踏んで、辺りに怒声を響かせた。
すると騒ぎを聞きつけた修道女が駆け寄ってくる。
「あの、どうかされましたか?」
ネージュは修道女に向き直った。
「ああ、君。トロイア・オルギネルという男を知っているか?」
「存じておりますが……」
修道女はそう言うとフォーゲルに抱かれ、ぐったりしたトロイアを見る。
「マ、マテリアですね。お待ちください」
ただならぬその状況を感じ取ったのか、修道女は青ざめて教会に入って行く。
「我ハ、ミルヒノ処ヘ行クゾ?」
フォーゲルがその場にそっとトロイアを下ろすと言う。ネージュが頷くと、彼はさっと姿を消した。
その時、教会から金髪の修道女が駆け寄ってくるのが見えた。
その後を、黒い傘を差した男、ベルが追ってくる。
「何があったの。なん、嘘、なんで!」
修道女、マテリアがその鮮血の付いた衣服を見て高い悲鳴を上げた。
「トロイアは助かるのよね?」
マテリアがその碧眼に涙を一杯溜めているが、ネージュは首を横に振った。
「そんな……」
「トロイア殿、まさか」
ベルもネージュを見たが、彼女が静かに首を振ると、その緋色の瞳を曇らせた。
「嫌よ。そんなの嫌、嫌、いやっ!」
マテリアがそう叫んでトロイアの体に縋り泣きつく。その悲痛な光景を、全員が息をのんで見ていた。
ネージュが耐えきれず目を伏せ、リヒトは横たわるトロイアから視線を外す。
「我が輩に任せてはもらえぬだろうか」
その静寂を破ったのはベルであった。真剣な眼差しをした彼はトロイアの側へと腰を下ろした。
「まだ、息はあるのであるな。ならばっ」
ベルは自分の首に掛かっていた、宝石で装飾された金の十字架を外す。疑問に思ったネージュが問う。
「そんな物で、何をするのだ?」
「まぁ、見てて欲しいのであるよ」
ベルは十字架をトロイアの上に置くと何かを唱え始めた。
「我らが主よ、願わくば。私をお救いください」
ベルは手を組み瞳を閉じると、続いて何語は分からないような言葉で、誰かと会話するかのように話し出した。
すると、十字架が音を立てながら虹色の光彩を放った。
トロイアが大きく息を吐いて、青白かった顔色が肌の色に近づく。
「トロイア、暖かい。良かった」
マテリアがトロイアの頬に手を翳して言った。
ネージュは目を丸くして腕を組む。
「ベルよ、何をした? いくらトロイアが魔力を有していたとしも、もう助かるまいと思っていたが」
「我が輩が何かした訳ではないのであるよ。然る御方の力であってな。えっと言ってもいいであるかな?」
ベルが、先ほどの真面目な顔から一転して、いつものようにヘロヘロと笑いを浮かべる。




