祖は欣幸を得るか?(6)
「逃走シタカ……モウ近クニハ居ナイ」
フォーゲルが呟く中で、リヒトの絶叫が響いた。
「トロイア。貴様、ふざけるなっ!」
彼の腹部は爛れ、血が岩漿の如く吹き出している。
「何故、俺なんかを庇った。あの日、俺を殺すと言っただろうがっ」
「なぜだろう。廃殺す、る令を受けていたの、に。兄弟たち、を皆殺した。俺は、人の心など捨て、たのに……あの時」
トロイアは息も絶え絶えにそう答えた。その瞳はどこか遠くを虚ろに見ている。
「おれは、お前を、ほ――本当、の弟だと、思って、いたんだ。す、まなかった、リヒト」
そう言ってトロイアはゆっくり目を伏せた。
「待て、好きなことを言って逝くな! お前は永遠の仇敵だろうが」
「どけ、リヒト」
鬼気迫ったネージュが、枯渇したリヒトを突き飛ばした。
「こやつ、人間ではないな? それなら、まだ間に合う」
「イヤ、祖体ハ、人間ダ」
フォーゲルが無表情で答えるとネージュは首を横に振る。
「こんな化け物みたいに強い奴が人間なはずあるか!」
ネージュの言葉にリヒトが暗い顔で呟く。
「トロイアは人から生まれた正真正銘、人間だ。魔力を有しているという哀れな男……」
「魔力があるのなら、やってみなければ分からんだろう」
ネージュがトロイアの頭に触れると、そこから淡い光が生まれた。
「傷まで治せるか分からんが、生気を分けてやる」
諦めた様子のフォーゲルの隣でミルヒが必死に祈っていた。
しかし、トロイアの顔色は段々、青白く曇っていく。
「くそッ! 先ほどの戦闘で魔力を使い過ぎた。魔力が足らん。――そ、そうか、ヘルツ!
来い、お前の力が必要だ」
ネージュが叫ぶと木陰で怯えてうずくまっていたヘルツが顔を上げた。
彼の生気を受け取ったネージュが、トロイア額に手を翳すと、その傷が少しずつ治癒していった。
しかしその表情は変わらず蒼白で、辛うじて息はしているが、眉一つピクリとも動かない。
ネージュは頭を抱えて唸り声を上げた。
「何だ血が足らんのか? ええいっ、どうする、放っておけば死ぬぞ」
するとそこで、「う~ん」と間の長い声がして、トロイア以外の全員がその方を振り向く。
ノヴァが伸びをしてやってきたところだった。
あれだけの打撃を受けてもどうやら無傷のようである。
「あれ、相棒お昼寝しちゃったの?」
ノヴァが真の抜けた笑い声を上げると、ネージュとリヒトは少年を睨み付けた。
「えっ、何で僕、睨まれてるの?」
ノヴァが鋭利な歯をガチガチと鳴らして不満そうな顔をしている。
祈望していたミルヒが、凄まじいほどの形相で叫ぶ。
「トロイアは死にかけてんだよ!」
「え、相棒、死ぬの!? 嫌だッ、やだああああ!」
ノヴァは仰け反ったかと思うと、とたんに今度は腕を振って泣き喚き始めた。
まるで百面相の様だが、なんとなく演技臭くて心がこもっている感じではない。




