Ⅱ 生死流転(4)
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「残念だったな。女は死んだ」
兵士が汚物でも見るような目でアイヘルを見下げている。
「そもそもお前に殺させる為に入れたってのに……見ているだけで胸くそ悪い」
兵士は嘲笑するかの様な声色で続ける。
「たかが験体の分際で、幸せになれるとでも思ったか?」
その時、ようやく状況を理解したグラヴィエは、気を失い掛けた。よろけて鉄格子に手を付くと、頭から血の気が引いていくのが分かる。
「……そもそも、聖王様に取り入った時点で殺しておくべきだった」
兵士が意味が分からないことを言っている。だがグラヴィエにはそんな事はどうでもいいことだ。
――檻の向こう側に彼女がいる。
その青白い顔から生気が全く感じられない。その瞳はもう動かないのか。
柔らかく微笑んで、暖かい手で頬に触れてはくれないのだ。それが確信となった時、世界が湾曲した。
辺りを埋め尽くすのは強い圧である。兵士が重力に耐えられないような形で石床に膝をつく。
それはグラヴィエの身体の底から沸いてくる悲痛の力だった。
彼は、涙を流すこともままならなず、狂おしいの苦の闇に支配されていた。
兵士が悶絶して倒れ込むと、その体が膨張し始めた。その身が弾け飛んで絶命すると、鮮血と肉片が辺りに飛び散る。
グラヴィエの魔力は溢れ止まることを知らなかった。彼の瞳の強角が黒く染まり、長かった髪の毛先も力に耐えきれず飛び散ってしまう。
異変に気付いた兵士達が次々と現れては、無惨な肉塊に変わっていく。その度に、グラヴィエの全てに魔力が漲ってくるのが感じられた。
彼は牢獄の鉄格子を膨張させて破壊すると『彼女』を胸に抱き抱える。
それはまだ、ほんの少し暖かく、グラヴィエの心を幸福感で満たしてくれた。
そこでやって来た兵士の青年が短い悲鳴を上げた。
彼は亜麻色の髪を揺らしながらその場から逃げ出して行く。
しかし、愛しい人に夢中だったグラヴィエはそれに気づかなかった。
「(死んでなどいない。まだ生きている。ならば体を取り返さなければ……死んでなどいない。
まだ生きている。ならば)」
何度も同じ思考がグルグルと男の脳を支配していた。
グラヴィエは小さく笑みを漏らす。
「待ってイろアイヘル、必ズ私が救い出しテみせル」
――こうして、
彼は真の悪魔となったのだ。




