闇の従者(やみのじゅうしゃ)
真昼の強い日差しが教会の屋根へと降り注いでいる。
そんな中、修道女、マテリアはいよいよ明日に迫った巡礼式の準備の為にあくせくと働いていた。
それにしても、春期というのは何かと行事ごとが多くて鬱々とした気分になる。もちろん行事自体が悪いと言う訳ではない。
何分その準備に人手が足りないことが問題なのだ。
その時である。背後から低い声で「マテリア」と名前を呼ばれて、彼女は地面から数センチ跳び上がった。
なぜなら、その声は幼い頃から耳にしている、馴染み深いものだったからである。
「(――トロイア!)」
その厚い胸板に飛びつこうとして、マテリアは押し留まった。
もうそんな事をするような年齢ではない。
「淑女、淑女」と自分に言い聞かせながら、マテリアは冷静さを装う。広角を上げて、爽やかに笑んでみせる。
「あら、トロイア。お久しぶりですね。元気でしたか?」
「ああ。お前はまた少し成長したな」
ポンポンと頭を撫でられて、嬉しいけど恥ずかしいという複雑な気持ちになる。
しかし、その高揚も一瞬で萎えることになった。なぜなら、トロイアの背後から大きな黒傘を差したベルがひょっこりと顔を出したのである。
「マテリア殿。どうされたのであるか?」
「な、なんでもないわよ、別にっ」
マテリアは肩を震わせてどぎまぎと答える。どうにも全身熱くなってきて、手でパタパタと顔を扇いだ。
トロイアはというと、その様子をちっとも気にしていない様子でニコニコと微笑んでいた。
「こちらの殿方はどちら様であろうか?」
ベルが首を傾げて口を開くので、不思議そうな彼に対してマテリアは顎に指を当てる。
「あれ、会ったことなかったっけ?」
「初対面であるよ。ふーむ、服装からして聖国城の兵士さんであるかな」
「初めまして、トロイア・オルギネルと申します。お察しの通り、聖国騎士団に所属しております」
トロイアが手を差し出すと、ベルは嬉しそうにその手を握り返した。
「これはこれは、ご丁寧にどうも。しかも騎士様であったとは、会えてとても光栄である。我が輩はベルティッヒ・ゲーゲン。
偉大なる吸血鬼伯爵の一族生まれながら、出自など一切気にしないので気軽にベルと呼んで欲しいのである」
「ははっ、面白い人だな」
ベルがトロイアの手を千切れんばかりに振り回して挨拶すると彼は嬉しそうに笑う。二人が仲違いしなかったことに、マテリアは人知れずほっとした。




