Ⅲ 罪深き男たち(5)
まだ満ちるには早いが、十分に美しい月の姿に酒杯をかざす。
その葡萄酒は、光に反射してキラキラと輝きを増した。
アルタ・オルギネルを見逃してから一日が過ぎた。早朝には聖城の立つ、首都サナアトへ帰還する予定である。
トロイアは杯を揺らすと酒に口を付けた。渋みも少なく爽やかな酸味が喉を潤してくれたが、瞳を伏せた彼の表情は硬い。
「無法な行為を多用していると、いつか捕まるぞ」
その呟きは誰に向けて忠告なのかは彼自身にも分からなかった。
久しぶりに会話した同僚の顔が浮かぶと同時に、それに関する情報が脳裏に浮かび上がってくる。
サナトの森林地帯、その中にひっそりと佇む家がある。そこには、聖城で働いていた美しい娘ペルレと、同じ職場である騎士の男が住んでいた。
彼が自宅へ帰省するのは、二ヶ月に一度だけ。それでも、立派な夫を持てて幸せだと彼女はいつも語っていた。
トロイアがそんな彼女の死を知ったのは、それから随分と経ってからだ。
すぐさま同僚の住居を訪ねると、その地下室で主人が自分の身をそぎ落としている最中であった。己の体に刃物を突き立て、妻の名を叫び狂う姿を見た時は、彼を救う手だてはないと感じたものだ。
事の善悪は別としても、各地を巡って謎の秘術を学び、妻を甦らせる方法を探っている現在の方がいくらかまともに見える。
トロイアはこの時期、彼女の命日に合わせて帰省する男を監視する任務に就く。
彼を見張り始めて、ペルレが死んで何年になるだろう。
毎年、妻の為に地下室へ籠もり続けて失敗するとまた旅に出る。年を重ねる度に、だんだんと崩れていく彼を見ていると胸が痛んだ。
胸が痛む。そんな感情を抱くなんて、自分にもまだ人の心が残っているのだと実感させられる。
突然そこで、フラッシュバックのように記憶が過去へと巻き戻った。
――疾悪に支配された空気。
転がる廃棄の山。自分の身に突き刺さっているのは武器などではなく蔑視の目である。果たして、本当の意味で怯えていたのはどちらなのか――。
トロイアは苦笑して天を仰ぐ。
そこには眩い星々が今にも降り注ぎそうな程、近くに感じられた。
幼い頃から彼は虚しい時にこうして夜空を見て過ごす。そうしながら、どこかから湧いて出る陰鬱な気持ちを押し殺してきた。
地平線の彼方へ視線を移すと、「どこか遠くにいる」そんな己に思いを馳せた。
そうしていると全てを忘れていられる気がしたのだ。




