とある舞台裏
「ヘンリエッタはまだか!」
キングスフォード伯爵は、夫人に怒鳴った。
秘密の恋人、クリストファー・アンダーソンの爵位授与を祝う舞踏会に出席する娘、ヘンリエッタの支度が念入りで時間がかかっていたからだ。
「仕方ありませんわ、今日は」
夫人は、ころころと笑った。
「なにが仕方ないんだ。二年もそばにいて、すでに夫婦同然で、どんな姿だろうと結果は決まっているし、ライバルだっておらん。気合いを入れる意味など…」
「あら。クリス様は今や誰もが認める英雄ですのよ。王から王太子殿下に政務が移行されることも決まったとなれば──よほどのバカでなければ気付きます。マッキンレイに睨まれてでもクリス様は取りに行く価値があると」
「うーん、しかしマッキンレイにケンカを売ることになるし、クリス君共々つぶされる可能性だって低くはないのに、そんな勇気を出せる娘はいるか? マッキンレイの圧力で娘たちはみな地味なドレスだと聞くし、せいぜい後でこそこそと…」
「甘いですわ、あなた。女は頭の切り替えが早いんです。クリス様の見た目の良さとやわらかな物腰はお嬢様方がのぼせあがるには充分。王が爵位を授けた舞踏会の主役を放置するわけにはいかないから、とかなんとかマッキンレイに言い訳をして、クリス様にすりよっていきますわ。
おそらく会場につけば、ドレスの着替えは無理でもせめてお気に入りの宝石をと、屋敷に取りに戻らされる従僕たちでバタバタしていますわよ」
真に迫った夫人の物言いに、伯爵はたじろいだ。
「そ…そうか」
「ええ。ですからヘンリエッタは最高の装いをして、何が何でも彼を一瞬で魅了して尻軽娘たちを圧倒しないといけませんの」
夫人がそう言ったとき、扉がひらいた。
「お父様、お母様。お待たせ致しました」
娘の姿を見た伯爵は、しばらく言葉をなくした。
それから、夫人をつついて小声で言った。
「化けすぎではないか…? その…気付いてもらえんのでは?」
「大丈夫ですわ。あの子の男装だって見抜いてくださった方ですもの」
夫人は会心の笑みを浮かべて言った。
「さあ、勝ちに行きますわよ」




