虹色の誓い
午後の光がステンドグラスを通って、小さな教会の中を淡い七色に染めていた。
世俗とは切り離された神聖な雰囲気に、ヘンリエッタはほぅっとため息をついた。
隣には眼鏡をかけないクリスがいた。
ヘンリエッタは町娘の普段着で、クリスはやや硬めの服装ながら、やはり普段着だった。
「こんにちは」
白髪の神父が、来訪者に気付いて声をかけてくれた。
「こんにちは。こちらで生涯を共にする誓いの立会いをしていただけると聞いて来たのですが」
クリスが神父に答えて言った。
神父はにっこりと微笑んだ。
「ええ、させていただきますよ。お名前を教えていただけますか」
「できれば、名前の申告なしにしていただきたいのですが」
そうクリスが願い出ると。
神父は目を丸くした。それから、ふっと上品に笑った。
「たしかに、当方で行うのは、国に届ける婚姻ではない上に、頂戴するお名前の大半が偽名。よろしゅうございます。お名前なしでさせていただきましょう」
おだやかで、重くもなく、軽くもなく、早すぎず、遅すぎることもない神父の声が、優しい七色の空間に心地よく響く。
「あなたはこの女性を生涯の伴侶とし、彼女を敬い、信じ、試練のときも、順風満帆なるときも、おだやかなるときも、彼女と手を携え、共に歩んでいくと誓いますか」
神父の声に聞き入っていたのか、少しの間を置いてから、「誓います」と、クリスが言った。
神父は慈愛に満ちた表情でうなずくと、次にヘンリエッタの方を向いた。
ヘンリエッタは、にわかに緊張した。笑みを浮かべる優しげな神父に、なぜか自分のすべてを見透かされたような気がした。
「あなたは………彼を敬い、信じ、試練のときも、順風満帆なるときも、おだやかなるときも、彼と手を携え、共に歩んでいくと誓いますか」
「誓います」
ヘンリエッタはやや早口に宣誓した。
神父は、やはり慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ゆっくりと深くうなずいた。
「おふたりの誓い、たしかに拝聴致しました。この老いぼれの生命尽きるときまで、胸の奥にしまい、けれど、決して忘れ得ぬことをお約束致しましょう。おふたりで力を合わせて、どうぞ、存分に精進なさいませ」
*
「なんだか不思議な方だったわね」
教会を出た後も、どこかふわふわした気持ちで、ヘンリエッタは言った。
「まるでわたしたちの立場も、気持ちも…未来まで、あの方には見えていたんじゃないかと思えて仕方なかったわ」
「同感です。私が偶然、あの教会の噂を聞いたことからすべて、導かれていたような…」
(あら、意外。クリスは神の啓示とか、不思議な現象とか、否定的な方だと思っていたわ。…というより、あの教会と神父様の雰囲気が卓越してた、というべきかしら。でも、クリスには生涯の伴侶という言葉を使って、わたしには使ってくれなかったところは、ちょっとだけ引っかかってるけど)
まるでヘンリエッタには、クリスを失った先の人生があると言われたような。
「これは…都合よく解釈しすぎなのかもしれませんが……」
遠慮がちにクリスが口を開いた。
「最後に、思う通りに生きていいと言ってくださったでしょう」
「ええ」
「私たちは間違っていないと、背中を押していただいた気がするんです」
そう言ったクリスを見上げると、めずらしく晴れ晴れとした顔をしていた。
優先順位に従って冷徹に判断を下すクリスだが、迷いをかかえていないわけではない。いつも切り捨てるものに対して心を痛め、もっとほかにいい方法がなかったのかと自問自答し続けている。
「ヘンリエッタ」
クリスは足を止め、ヘンリエッタと向かい合うと、うやうやしく手を取った。片膝をついて、ヘンリエッタの手の甲に唇を寄せる。
「あなたとなら、間違わずにやっていける。あなたはもう私の一部です」
一片の曇りもない、まっすぐな瞳に射抜かれて。
ヘンリエッタは泣きたいような笑いたいような、どっちつかずの気分になった。
この気持ちを言葉で表現するなら──嬉しい。
そう、今、彼はヘンリエッタのいない世界は選べないと言ったのだ。
「それは………責任重大ね」
けれど、自然と口からこぼれたのは、そんな言葉だった。
クリスは嬉しそうに笑うと、「はい」と言った。それから立ち上がり、改めてヘンリエッタに手を差し出した。
ヘンリエッタもまた微笑んで、クリスの手に自分の手を重ねた。
「今日はありがとう。わたしも…間違ってない、このまま進んでいいんだって、自信がもてたわ」
「良かったです。私自身、どうしてもケジメをつけたくて──ただ、これをしたいと思い立ってから半年が過ぎてしまいましたが」
ヘンリエッタとクリスが付き合い始めたのは冬。
今は、山あいの村も初夏を迎えている。
「仕方ないわ。この半年も、色々あって大変だったし」
ヘンリエッタは言った。
そう。本当に忙しかった。
まず、魔法使いダグラスに敵が現れた。
ダグラスに勝るとも劣らない魔法の使い手、中年女性の魔女マリー。唐突に現れた彼女は、たった一人でダグラス陣営を引っ掻き回した。
ダグラスは激怒して、王家より先にマリーを弑すると攻撃の鉾先を変えた。
王家にとってはタナボタ的良い展開ではあったが、マリーは王家の味方でもなかった。彼女は自由気ままに生きて、縛られることを嫌う流民だった。
また、王家側から接触しようにも彼女は瞬間移動を多用して神出鬼没だった。
「来週から、また忙しくなるわね」
ヘンリエッタが言うと、クリスは表情を引き締めた。
クリスは監査員を都の外に派遣し、地方の魔法事件捜査に当たると決めた。
地方警察をダグラスが押さえて以来、地方での魔法犯罪が野放しにされていることへの対応だった。
都の事件捜査で経験をつみ、監査員の数が増えてきたことで、ある程度まとまった支援が可能となったのだ。
とはいえ、ダグラスが幅を効かせる地方へ、少人数の監査員チームを派遣するリスクは計り知れない。
「そうですね。わたしの決断でみんなを危険にさらすので……」
「うん。頑張りましょ」
ヘンリエッタはつとめて明るく言った。
「外に出ることで、魔女マリーの情報やダグラス陣営の動きもつかみやすくなるわ。それに地方を見捨てていないって王家のメッセージにもなる。大丈夫。攻めて行きましょう」
「はい…!」
クリスは力強くうなずいた。
それから、ふっと表情をゆるめた。
「でも今日だけは先のことは忘れて、夜に星を見ませんか? この辺りは星の名所なんだそうですよ」
「わあ、素敵ね!」
ロマンティックな誘いに、ヘンリエッタは笑顔でうなずいた。
次回7月9日、完結致します。
まとめて数話更新しますので、よろしくお願い致します。




