エピローグ
「キングスフォード伯爵家長女、ヘンリエッタ様ご到着──」
王城の大広間の扉がひらいてその女性が現れたとき、会場にどよめきが広がった。
「あんな方、社交界にいらっしゃったかしら」
「たしか二年前に──」
「それにしても、なんて美しい…」
その日はクリストファー・アンダーソンの爵位授与を祝う舞踏会で、国を救った英雄に花嫁をという国王直々の命令で、貴族の娘たちが集められていた。
しかしながら彼を忌み嫌う都貴族の支配者、マッキンレイの圧力により、娘たちの装いは暗い配色で、華のない舞踏会だった。
そんな中、最後に到着したキングスフォード伯爵令嬢ヘンリエッタは、明るい山吹色のドレスと上品な装飾品をまとい、派手さはないものの隅々まで綺麗に磨きあげられた大人の女性の魅力で人々の目を奪った。
そして。
ヘンリエッタはその日の主役の目も奪った。
見た目の格好良さとやわらかな物腰に舞い上がった娘たちに取り囲まれていたクリスは、周りから見て分かるほど、明らかにヘンリエッタに見惚れた。
クリスは目の前の少女たちに丁重に謝意を述べると、ヘンリエッタのもとまで行き、一礼をした。
ヘンリエッタもそれに応え──オーケストラによるワルツが始まった。
ほう…と感嘆の声が会場に広がった。
二人のダンスが流麗だったこともさることながら、紺の礼服を着たクリスにヘンリエッタの山吹色のドレスはまるで合わせてあつらえたかのようにピッタリだった。
「ブラボー! 素晴らしい!」
一曲が終わると王が叫んだ。
戸惑いがちな拍手が、王の声に呼応してさざめくように広がっていく。
そのとき。
「茶番だわ!」
ヒステリックな女の声が鳴り響いた。
王妃の隣にあてつけのような黒いドレスで立つ、社交界の支配者、ブレンダ・アンダーソン伯爵夫人だった。
「あんた、二年前、うちの別荘に乗り込んで来て、手首切って魔法壁を壊すまでして、その女を奪っていったじゃないの! 忘れたとは言わせないわよ!」
しん…と会場が静まりかえった。
「もちろん、忘れていませんよ」
クリスは芯の通った声で答えた。
「あの頃から出来てたんでしょう!? 生娘だと思って情けをくれてやろうだなんて、バカを見るところだったわ!」
侮蔑の言葉にクリスは表情を厳しくした。
「今の発言は訂正してください。大きな悪意に命を狙われ、日々生きることで精一杯だったあの頃の私に恋などできたはずもない。仮にお慕いする方がいたとしても口に出すことすらできなかった想いに、何の罪がありますか。それよりも伯爵令嬢を誘拐する行為はどなたであっても逃れようのない大罪ですが」
「な──無礼者! このわたくしを誘拐犯呼ばわりするつもり!?」
自分はどんな酷いことをしても赦される特別な存在だと信じているブレンダは、逆ギレした。
「ブレンダ様。あれは、わたくしの望まない招待でした。でも今、この場でするお話でもありませんわね。後日改めて正式に申し入れさせていただきますわ」
ヘンリエッタは調子が強くなりすぎないよう、控えめを心がけて言った。
「あなた、今、わたくしを訴えると言ったの? キングスフォードの分際で? 思い上がりも甚だしい! ああ、バカバカしい。こんな茶番に付き合ってられるもんですか。今日はもうお開きよ!」
ブレンダは怒り心頭の様子でパンパンと手をたたいた。
周りに自分が言ったことを実行しろと命令したのだ。
けれども周囲の動きは鈍かった。
そして。
「ブレンダ。気に入らないのなら、あなた一人で帰りなさい」
少女のような可憐さを残した声が玉座の横からあがった。
王妃だ。ずっとブレンダの操り人形だった王妃が、初めてブレンダに逆らったのだ。
二年前、ヘンリエッタに恥をかかせたからと、この場に出席していない王太子ギルバートだが、王と王妃への根回しはしてくれていた。
「妃殿下………」
ブレンダの顔が蒼白になった。
友愛の世界に生きる王が息子ギルバートの親友であるクリスに肩入れするのはともかく、完全に自分の子飼いだと思っていた王妃の離反は想定外だったようだ。
けれど、誰のおかげで王妃になれたのか、こんなことをしてどうなるか分かっているのかといった脅し文句は言わなかった。
無言のまま、鬼のような形相で王妃を睨みつけた後、踵を返した。
足早に歩き出す。
「皆様、帰りますわよ」
最後までブレンダは、女王然とした態度を崩さなかった。
ブレンダとマッキンレイ伯爵家の人々、それにマッキンレイにごく近しい人たちがぞろぞろと大広間を退出していった。
しかし、それだけだった。
半数以上の人々がその場に残ったのだ。
「ヘンリエッタ様。お聞きしたいのですけど、本日はブレンダ様のおっしゃったように茶番でしたの?」
ヘンリエッタと同い年の子爵令嬢が近付いてきて言った。
「いいえ、まさか! 二年前、ブレンダ様の意に染まぬご招待から助けていただいた日より心密かに想い続け、本日、このまたとない機会のお話をいただいて、心を尽くして準備を致しましたの」
「そうでしたの」
「それにしてもヘンリエッタ様の今日のドレス、本当に素晴らしいわ。どちらでお仕立てになったの?」
ほかの令嬢もヘンリエッタの周りに集まってきて、口々に話しかけて来た。
何の約束もなかったという回答が社交辞令であることは二人の落ち着いた様子から明白だったが、二年分の想いの深さが充分に伝わって周りに嫌な思いを抱かせなかった。
それに爵位を得たクリスにキングスフォード家がつくのなら──それも二年かけて準備してきたのなら。マッキンレイが堕ちるという、これまで考えられなかったことが現実味を帯びてくる。
そしてマッキンレイが堕ちるなら、王太子と絆の深いクリスや、その妻にすりよっておくのは貴族たちにとって重要な社交術だった。
女性たちより一歩遅れて、男性たちもクリスに近寄っていった。
翌日。
摂政ウィルフレッド・アンダーソン伯爵が、自身とマッキンレイ一族の悪事・不正を暴露して自殺したと、都中に知れ渡った。
王はマッキンレイ家の爵位を取り消し、領地の返納を要請した。
その結果、起こったのは、マッキンレイに従っていた人々の暴動だった。
女王を気取ったブレンダは不倫相手と心中した。
ほかのマッキンレイ一族の人々も、暴徒に殺されるか自殺に追い込まれた。
長く都に君臨し、暴虐の限りを尽くしたマッキンレイ一族は、半月足らずで堕ちた。
*
数年後。
クリストファー・アンダーソン伯爵の館の庭では、毎日子どもたちの元気な声が響いていた。
年配の庭師夫婦は伯爵家の子どもたちの良い遊び相手だった。
また、真心こめて手入れされたその庭は、館の従業員たちの憩いの場にもなっていた。
ヘンリエッタ・アンダーソン伯爵夫人の実父、マシュー・キングスフォード伯爵は、来るたびに庭師と話をしていったが、暗黙の了解のうちにそのことに触れる者はいなかった。
庭師は、ただの庭師として生涯過ごすことを望んでいたから。
庭師の嫌いな話は政治の話。
好きな話は孫の話。
今日も、伯爵家の子どもたちの相手をしながら、生き生きと庭の手入れをしている。
最後までお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
魔法使いダグラスとの戦いの話は、「嘘でつないだこの手を、もう少しだけ」の方で書いてまいります。
クリスも登場しますし、ヘンリエッタ(監査員ヘレン)もちょこっと登場しますので、そちらも読んでいただけましたら嬉しいです。




