2 戦うお嬢様
「隠された魔法陣よ、下がって!」
ヘンリエッタが叫び、後ろから少女を抱き込んで引かせた。
同時に、少女が踏んでしまったことで、街路に描かれた魔法陣が発動して光る。
「あら、綺麗な女の子に火傷をさせようなんて、陰湿なこと!」
黒い服を着た魔女グローリアが、すかさず魔法の呪文を唱え、一度光って発動しかけた魔法陣が砕け散った。
「先生!」
「大人気なかったかしら。火傷の魔法、返しちゃったわ」
「ううん。わたしも同意見」
「さて、と。ヘレン、犯人はどこかしら」
「魔法は斜め上方向に返ってたから…あの建物の四階ね」
火傷の魔法を返すということは、仕掛けた魔法使いが火傷を負うということ。
また、魔法は基本的に目視が必要なため、仕掛けた魔法使いは、通常、魔法が視える位置にいた。
だから、今回のように、魔法を返せば、敵魔法使いの位置はおおよそ分かった。
「じゃあ、早急に手当てしてあげないとだし、行ってくるわ」
グローリアは、ヘンリエッタの示した窓へ、空を飛んで行った。
*
魔法使いに狙われた少女を家まで送り届けたあと、ヘンリエッタは魔法不正監査局の事務所に向かって歩き出した。
さっきまで全体に赤かった空はもうほとんど群青色になり、西の空にわずかな赤みを残すばかり。
黄昏時の薄暗さと街灯のおぼろげな明かりにこの時間独特の淋しさを感じ、ヘンリエッタはほうっと息を吐く。
そのとき。
「!?」
真上からの魔法攻撃に、ヘンリエッタは心底驚いた。
不意打ち過ぎて、ただ硬直する。
──カッ!
魔法と魔法がぶつかった。
こういう不可避の魔法対策用に身につけていた、魔法返しの札と呼ばれる魔法道具が、魔法攻撃を返したのだ。
(攻撃者は──!?)
真上からの攻撃ということは、攻撃者は空を飛んでいる状態。
攻撃魔法を返されたら、怪我を負って空から落ちてくる…はずだった。
空を見上げたヘンリエッタは、「なっ」と狼狽した。
──カッ!
魔法使いを視認する前に、再度の魔法のぶつかり合いが目に入った。
(うそ、攻撃魔法の返しを相殺した…!? 魔法返しの札は一枚だけ…)
つまり今のヘンリエッタは空からの攻撃者を前に丸腰。
(逃げなきゃ!)
攻撃者から見えない場所へ、とヘンリエッタは目についた店の軒下を目指して走った。
走りながら空を見上げ、「うそっ」と叫んだ。
空に攻撃者の姿を見つけられなかった。
いくら空を飛ぶ魔法使いでも、ほんの数秒で移動できる範囲は限られている。
それに、黄昏時は魔法使いの魔力のオーラがひときわ輝く時間帯。空にいたら見つけられないはずがないのだ。
(まさか瞬間移動でもしたって言うの?)
瞬間移動できる魔法使いは、数少ない上位魔法使い──犯人の名前を考え始めたヘンリエッタの耳元で。
「捕まえた、仔猫ちゃん」
男性の声がして、後ろから羽交い締めにされ、口もふさがれた。
(いやっ…!)
ヘンリエッタは無我夢中で暴れた。
暴漢対策用に持っていた電気ショックを与える魔法道具を取り出す。
「ま、待てっ! それはやめろ!!」
途端、慌てた声がして突き飛ばされた。
ヘンリエッタはよろめきながらも体勢を立て直し、攻撃者と対峙した。
そして。
「殿下っ??」
強い魔力のオーラを持った金髪碧眼の王太子ギルバートの姿を認め、すっとんきょうな声をあげた。
いつのまにか場所も街中ではなく、どこかの宿の一室に変わっていた。
羽交い締めにされている間に瞬間移動で場所を移されていたらしい。
ギルバートはわざとらしく、ふう、とカッコつけた息をついた。
「やあ、仔猫ちゃん。少しばかり荒っぽい真似をしてすまなかったね。ちょっと話をしないか」
「…少しばかり荒っぽい? か弱い女子相手に魔法攻撃を仕掛けた上、羽交い締めはやりすぎじゃありません?」
彼の態度にカチンときたヘンリエッタは嫌味を返した。
(この間はついうっかり見直しかけちゃったけど、ただのワガママ迷惑王子じゃない!)
すると、ギルバートもカッコつけた態度をやめ、ヘンリエッタの嫌味を買った。
「電気ショックを仕掛けてくる女を、僕はか弱いとは認めてないんだ。しかもアレ狙ってただろ」
「女性を襲うような輩は撲滅したいんですぅ」
「その発言がもう可愛くない!」
「べつに殿下に可愛いと思われようとしてませんし」
「クリスの前では可愛い女できるって? 僕には想像できないな。おまえと色恋って」
「は? その女にプロポーズしたの、誰でしたっけ?」
「一緒に政治を動かす相棒としての妃だ! おまえがキングスフォード家の長男なら、普通に重用してやれたんだ。同い年だし…」
いい友達になれた。
おそらくそう言いかけて、ハッと口を閉じたギルバートに、ヘンリエッタの対戦モードが溶けた。
「それは…光栄ですわ。人間として褒めていただいたということですよね?」
「いや、珍獣並みに面白い奴って言ったんだよ」
「あら? 素直に言ってくださっていいんですわよ? わたしほど役に立つ臣下はいないって」
「調子に乗るな! 今日は忠告しに来たんだ。ツメが甘いって。さっき、僕が空から攻撃したあと、おまえは魔法返しの結果なんか気にせず、まず一目散に逃げるべきだったんだ。二回目の攻撃に備えてな」
あれが本当の敵で空から二度目の攻撃をされていたら、ヘンリエッタは終わっていた。
ギルバートの指摘にヘンリエッタは口を尖らせた。
「殿下みたいに監査員の装備を知り尽くして攻撃してくる相手はそうそういませんわ」
「でも可能性はゼロじゃない。おまえが抱える秘密だって、そうだ。困るんだよ。おまえの甘さのせいで、あいつに影響が出たら。僕にだって、しわ寄せは来るんだ」
「まあ。つまり殿下はわざわざ、わたくしを攻撃して、試して、忠告をされたかったと?」
「ああ、そうだ。今更やめろとか別れろとか言わない代わりの忠告だ」
感謝しろと言わんばかりの尊大な態度に、ヘンリエッタはまたまた意地悪をしたくなった。
「…わたくし、今日のことを彼に告げ口しようと思えばできるのですけど。正直、驚きましたわ。殿下がここまで魔法に精通してらしたとは」
ギルバートは王太子として政治的な活動はしても、魔法は一切使わないと聞いていたのだ。
「これでも魔法学校首席卒業だぞ? 知らないわけあるか。ただ、魔法の力を使わない魔法使いの王太子を演出しているだけだ」
まわりを安心させ、信頼を得るために。
(影では高度な魔法が使えるって、それはそれで怖いけど…)
「あと、おまえは言わないだろ? 良いことはないんだから」
クリスに言えばギルバートは怒られる。けれど、それだけだ。その結果と、忙しい彼の心労を増やすこととを天秤にかければ、おのずとヘンリエッタの対応も決まる。
「あ、そうだ、これ」
ギルバートは、ヘンリエッタに新しい魔法返しの札を投げてよこした。
一度使った札はもう使えないからだ。
「まあ。ツメの甘いわたくしと違って、完璧な殿下のなさることは偽装工作まで完璧ですのね。涙が出そうですわ」
ヘンリエッタはわざとらしく言った。
クリスに秘密を作りたくないのに増やされて、腹立たしかった。
ところが、ギルバートはそこでなぜか声を立てて楽しそうに笑った。
「おまえとのこういうやりとり、嫌いじゃない」
「ええ? だからって、今日みたいな呼び付けは二度と御免こうむりますけど!?」
ヘンリエッタは叫んだ。




