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伯爵令嬢ヘンリエッタと三番目の求婚者  作者: 野々花
番外編 ブライアンの受難
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2 ブライアンの提案、前談と結果

「伯爵令嬢と秘密の恋人」の「3 ブライアンの提案」の裏側、ブライアンとシェリー夫妻の会話。

それと、偽恋人が始まった後のブライアンの感想です。

 考えてみれば、『らしく』なかったのだ。

 クリスが自分の立場を忘れて、突然ふってわいたような女性の誘惑に落ちるなど。

 信じられない気持ちを持ちながらも、逢引の現場を見てしまったことで、その『らしくない状況』を受け入れてしまった。


(クリス君だけじゃない。慎重なこの人が絡んでる点からも、相当の理由があるはずと察するべきだった…)


 この人、視る者協会のシェリー総務長官。

 かつての上司の家のダイニングで、その上司と向かい合って座りながら、ブライアンは早計な決めつけをした自分を恥じた。

 なお、一緒にシェリー家に来たクリスは、ヘレンの部屋へ行っていた。彼女がまだ男に襲われたショックを引きずって部屋に閉じこもっていると聞いて。

 香りの良いお茶を一口飲んでから、ブライアンは口を開いた。


「クリス君から話は聞きました。彼女が…キングスフォード伯爵令嬢であると」

「あら、聞いたの。それで、考えは変わった?」


 シェリー総務長官の妻で、ヘレンの元家庭教師だというグローリアが、強硬な態度で言った。

 一貫してヘレンとクリスの交際に反対してきたブライアンは、グローリアから敵視されていた。


「いえ。クリス君が公に応えられない現状では反対だと伝えました」


 ブライアンは、あえてグローリアの敵意をスルーして、正論を言った。


「まあ、そうよね」


 意外にも、すんなりとグローリアは認めた。


「考えが足りなかったと、私も反省はしているのよ。でも、まさかお嬢様がモテるとは思わなかったの。顔も地味だし、勝気だし。男性と同じ働きをしたがる娘なんて──むしろ厄介なのに好かれたって、クリスさんに同情が集まるんじゃないかと思ってたくらい」


(仮にも自分が仕えるお嬢様つかまえて、ひどい言い様だな………)


 グローリアが盲目的にお嬢様を支持していなくて良かったと安堵するのと同時に、好きな女の子を悪く言われてモヤモヤする気持ちも自覚してしまい、ブライアンは自分の手をギュッと握りしめた。

 ヘレンの部屋へ向かうクリスを見送ったときもそうだったが、クリスを羨ましいと思う自分がいた。彼女から深く愛され、彼女の父伯爵からも結婚を望まれた彼を。

 彼は彼なりの問題を抱えて、普通なら背負うことすらできない苦労をしていることは分かっている。それでも、ブライアンが逆立ちしたって、伯爵令嬢と恋人になれないことと比べると、どうしても羨ましくなってしまうのだ。


「…でも、そうね。十六歳で、一生懸命恋をしてたら自然と女の子らしい顔になるし、フェロモンもでるし、男性としては気になっちゃうわよね」


 気落ちした声で現状を憂うグローリアに、ブライアンの心は思いのほか激しく同調した。


「ええ。個人的に親しくなれない人に近づくため、男性の職場に飛び込んだ彼女は……男勝りに見えるどころか、一途な愛らしい女性に見えました。その一途さを自分に向けてもらえたら…自分が彼女を幸せにしてあげられたら…と思いますよ」

「まあ、ブライアン……そうじゃないかとは思ってたけど、あなたもヘレンに本気なのね」


 直球で指摘され、ブライアンは「はは」と、乾いた笑いをこぼした。


「そうですね。クリス君は応えられないと決めつけていたし、自分にもチャンスがあるんじゃないかと……少し、夢を見ました。こんな俺に──わざわざ牽制する必要もない、心の中で馬鹿な奴と笑っていたらいいだけの俺に、彼はまっすぐ向き合って、真実を教えてくれて──感服しました」

「そういえば、君、都警察のクーデターを抑える有志に参加したあと、クリス君の元で働きたいと、正式に視る者協会に辞表を出したんだったな」


 そう言ったのは、シェリー総務長官だ。


「はい。彼を支え、どこまでもついていきたいですね」


 ブライアンは言った。

 この気持ちも、間違いなく本心だった。

 だから、ブライアンはシェリー夫妻に口を開いた。


「それで、クリス君には提案したんですが……彼女を残すつもりなら俺に恋人役をさせてもらえないかと」




  *




「──では、そういうことで。よろしくお願いします」


 涼しい顔でクリスの出した指示に、ブライアンは背筋がぞくぞくするような高揚感を覚えた。

 ブライアンがヘレンの偽恋人となって落ち着いた後のクリスは、何をしても恐ろしいほど的確で、隙がなかった。


(ダグラスに地方を取られて争いが長期化したあとの、疲れた様子が嘘みたいだ)


 暗い見通ししかない中、マッキンレイから組織の長について口出しされ、こんな状況ではクリスの調子が落ちるのも仕方がないと思っていた。

 また、調子が落ちても、ほかの人間が到底成せない仕事をやっていたから、ブライアンとしては、クリスについていくだけだと、毎日仕事に励んでいた。


(まさか彼女を諦められないのに諦めようとして、おかしくなっていたとか…)


 とりあえず、ブライアンの中のクリスの印象は大きく変わった。

 また、そのことを見抜き、彼女がクリスのそばにいられる状況を作った、かつての上司、シェリー総務長官はやり手だと再認識した。


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