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伯爵令嬢ヘンリエッタと三番目の求婚者  作者: 野々花
伯爵令嬢と秘密の恋人
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不真面目な医者の診察室 3回目

「お、いい顔になったなあ! よし、全快」

「え?」


 三回目の診察で。

 サイラス医師から会った瞬間にそう言われたクリスは戸惑った。


「まあ、座れ。説明してやっから」


  *


「おまえさん、自分では気付いてなかったけど、手首切ったあれ、自殺衝動入ってたんだよ。自殺衝動で切って、エッタ嬢ちゃんの前で無様な姿見せられないってプライドでうまく止めた感じかな」


 軽く話すサイラスの言葉は、不思議とすんなりクリスの中に入ってきた。

 それに。

 治療の必要はないと言い張ったクリスに対し、彼は治療という言葉を取り下げて診察を続けてくれたのだと理解できたから。


「前回の、忙しいときには薬の力を借りるのもありだって出された薬も…治療の一環だったんですね」

「うん。面倒臭い患者だった」

「それはすみませんでした。割り増し料金、支払いましょうか?」


 面倒だったと言われて、思わずクリスが切り返したら。

 ブッと、サイラスは吹き出した。


 それから、

「いやあ、まさかここまで素直な言葉が聞けるとは思ってなかったわ!」

 と、大笑いしながら言った。


「私だって適切な治療に対し、感謝くらいしますよ」

「うん。エッタ嬢ちゃんのこと、たのんだからな」


 何気ないセリフに、なぜかクリスは一ヶ月前の診察を思い出した。

 魔法使いダグラスの都における反乱をおさめ、周り中からこの先のことを聞かれてうんざりしていた時期だったのに、サイラスはそういうところがなかった。

 ヘンリエッタのことを突っ込まれて面食いはしたものの、彼の助言があったからこそ、あのあと彼女と素直に向き合えた。


「あの──もしかして公園で彼女と会えるように仕向けてくれたのって…」

「ああ……おまえさん、元気になった途端にごまかしが効かなくなったなあ。まあ、医者としては喜ばしいことだけど」

「私のため…だったんですね」


 目の前の、ふざけた顔ばかりする医者は、ヘンリエッタのためと言いつつ、それ以上にクリスをつぶすまいと、あれこれ画策してくれたのだ。


「まあな。どんな怪我や病でもそうだけど、薬は治療のサポート役であって、結局のところ完治に必要なのは本人の力なんだよ。でも自分で自分の心の不調に気付けないおまえさんの場合は、嬢ちゃんをそばにくっつけるしかないかなって」

「………どうして、私にそこまでしてくれたんですか?」

「嬢ちゃんの望みと一致するってのは、大前提な。それとは別に、俺は前々から、()()()()()()マッキンレイをつぶして欲しいと思ってた」

「え…? どこかでお会いしてましたか?」

「いんやぁ? なんつうか、おまえさんが、あの巨大な、腐りきった膿みたいな連中から目の敵にされながら、ここまで生きてきた奴だから」

「ええと…周りに助けられてきただけですよ」

「うん、そうなんだろうけどさ。マッキンレイに負けてない奴ってのは、それだけで希望なんだよ」

「希望? ……私が?!」


 サイラスの言い方に、クリスは思わず反発した。

 これまで自分と周りが被ってきた大きな苦労と犠牲を、綺麗な言葉で片付けられたくなかった。

 ところが、サイラスは。


「マッキンレイにつぶされるか嫌々従うかの二択しか持たない者からしたら、救いだよ。奴らに屈せず、ちゃんと顔を上げて生きてる存在がいるってことはさ。それに──どうしたって期待したくなる。『負けない』だけじゃなく、いつかは……って。これを勝手な期待と取るか、自分の力となり得る想いと取るかは、おまえさん次第だよ」


 そう言って、挑発的な視線をクリスに向けた。


「本当にあなたは……」と、クリスはかすれた声をこぼした。



 それは、まるで。

 白黒どちらが多いかを競うゲームで、黒優勢の盤面を最後の一手で全部返して白くするように。

 これまでクリスが周りを不幸にし、苦労と犠牲を強いる忌まわしい枷としか見てこなかったものを、サイラスは今、鮮やかにひっくり返してみせたのだ。

 ただ同時に、現実で黒を白に返すため、恐ろしく難易度の高い一手をクリスに打てと焚きつけているわけだが。


(まったく、この人は……前回の、魔法使いダグラスを倒して爵位を得ろのくだりから全部、本気の本気だったわけか…)



 ダグラスのような、突如現れた外敵にマッキンレイがあっけなく、つぶされるのは面白くない。

 マッキンレイをつぶすなら因縁の深いクリスにして欲しい。

 それも誰が見ても文句なしの功績を挙げ、爵位を得て、マッキンレイと同じ土俵にあがった上で正面から下してくれたら最高──それが、サイラスがクリスに期待する見返り。

 静かにゆっくりと息を吐いて、クリスは自分を立て直した。


「…あなたほど無茶振りをしてくる人には会ったことがありません」

「そりゃ、光栄とでも言っておこうか」


 クリスはまっすぐにサイラスを見た。


「でもまあ…見ていてください」


 まずダグラスに勝つ道が見えないとか、サイラスに泣き言は言いたくなかった。


(勝てなくても、負けないよう立ち回る。粘って、粘って、望む未来を引き寄せられるよう、とにかくやってみるんだ)


 サイラスは満足したように目を細めたあと、ガラリと態度を崩し、茶化すようにへらっと笑った。


「おう。○○の治療してやるから、いつでも来いや」

「ぜ……絶対に来ません!」


 クリスは、反射的に叫んだ。


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