4 身代わりの恋人
ヘンリエッタは、ブライアンと二人、廊下に出た。
「いいんですか?」
クリスを差し置いて自分と二人きりになって。
そんなブライアンの確認をスルーし、ヘンリエッタは単刀直入に斬り込んだ。
「わたしと恋人のフリをして本当に迷惑じゃないの?」
「もちろんです」
ブライアンは即答した。
「クリス君にはあなたが必要なんです。さっき最後の最後まで発言できなかったことがその証ですよ」
普段のクリスなら、できないと判断したら、すみやかにそういう方向に舵をとる。ブライアンとグローリアが好き放題に言うのを放置したりしない。
「あ………」
クリスが口を開いたとき、期待した自分の気持ちをヘンリエッタは思い出した。
(そっか…そうだわ。だから、わたしも期待したんだ…)
「それに──魔法事件の捜査。男性メンバーたちを立て、良い方向に転がしながら、その実、あなたが一番現場の状況を理解している。あなたの知識、理解力、協調性。すべて大きな戦力です」
「ブライアン…!」
一番認めて欲しかったところを褒められて、ヘンリエッタは感激した。
ブライアンに対して持っていた苦手意識が、一瞬にして消し飛ぶ。
「ありがとう…! そうだわ、敬語はやめて? 恋人のフリをするんだし、今まで通り話して欲しいの」
「それは──そうですね」
「じゃあ…これから、ご面倒をおかけします。ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
「ああ…よろしく」
ヘンリエッタとブライアンは、共犯者の握手を交わした。
*
ブライアンに恋人役をやってもらうことで話がまとまった後、ブライアンは帰り、クリスは残った。
「ねえ、どうしてブライアンに話しちゃったの?」
寝室でクリスと二人きりになったあと、ヘンリエッタは言った。
彼が信頼できる人物だということは分かっていたが、重大な秘密の漏洩だけに曖昧にはしておけなかった。父に問いつめられたら、ヘンリエッタがきちんと説明しないといけないのだ。
「キスマークの件がみんなに知られていない状況なら、まだあなたを残せると思っていましたし……ブライアンが昨日、私の住む長屋に入っていくあなたを見たと、私に言ってくれたからです」
「えっ、昨日!? ごめんなさいっ!」
ヘンリエッタを残したかった──クリスの本音に喜んだのもつかの間、自分の失態に話がおよび、ヘンリエッタは慌てて謝った。
クリスの部屋に通い始めてから三回目の昨日は予定外の訪問だったこともあり、気持ちが浮ついていて確かにいつもより注意が甘かった。
「とりあえず私の長屋に来るのはやめてくださいね。昨日に関してはブライアンがほかのメンバーには見られていないことを確認してくれていますが」
「はい……ごめんなさい」
ヘンリエッタはシュンとうなだれた。
クリスは、ぽんぽんと、やさしくヘンリエッタの頭をなでたあと「ブライアンに話した理由ですが…」と、話の筋を戻した。
「…相手の痛い面を指摘した上で真剣に思いやってくれる人に、嘘やなだめすかしはしたくなかったんです」
「うん…そうだね」
ヘンリエッタは納得してうなずき、そして、人の誠実さに誠実さで応えるクリスのことを改めて好きだと思った。
「さっき『もうこれ以上は』って言ったのもブライアンへの気遣いだよね」
「…キスマークは私の失態ですし、他人に転化してよい類のものでもありませんし…」
これにはクリスが、しどろもどろになって言った。
(わわ、クリスが凹んでる…!)
ヘンリエッタは慌てた。
こういうときはどうすればいいのだろうとオロオロして、それから。
──『どうすればいい』じゃないでしょう、わたし!
ヘンリエッタは、自分で自分に喝をいれると、手を膝に置き、背筋を伸ばした。
(目をそらしちゃ駄目。わたしの失敗が、たくさんの人に迷惑をかけて、クリスのことも傷つけたの)
新たにブライアンまで巻き込んでしまって。
(まずは謝って………いいえ、ちがう。謝ってもクリスの罪悪感は減らないわ)
「たしかに褒められた方法じゃないと思う。でも、わたしは家に帰るのは絶対に嫌。会えなくなるもの」
ヘンリエッタは言った。
今回の失敗をふまえてなお、そばにいたい気持ちを伝えようと思った。
「あなたが伯爵邸に戻っても、それなりに会いに行こうと思ってましたよ」
案の定、クリスは予想通りの言葉を口にした。
ヘンリエッタはぷくっとふくれた。
「ごめん。その気持ちを嘘だと言うつもりはないけど、クリス、夜遅くまで仕事してるじゃない。伯爵邸に通うとなると、リスクも増えるし、とても続くとは思えないよ」
実際、彼の部屋で帰りを待っていたときも、帰宅時間は遅かった。
クリスだって、そんなことは百も承知で、だからこそ、さっきのはっきりしない態度になっていたはずで。
「現実的なところで文通だと思うけど、手紙を書く時間も取れなくて、結局ブライアンと文通してそう」
冷静に、一番ありそうなパターンをヘンリエッタが挙げると、ガバッとクリスに抱きしめられた。
「返す言葉もありません…」
小さくかすれた声でクリスが言った。
(わぁ…)
不謹慎だが、クリスが自分の前で無防備に弱った姿を見せてくれることを、ヘンリエッタは嬉しく思った。
クリスを知る人はたくさんいるけど、彼はほとんどすべての人に、おだやかな笑顔しか見せない。本心も、弱いところも見せない。
(きっと、わたし以上にクリスのいろんな顔を知ってる人間はいないわ…)
そう思うと、愛しい気持ちが溢れ出してきた。
ヘンリエッタは、左手を彼の背中にまわし、右手で彼の頭をなでた。
ひとたび強く抱きしめられ、それからゆるゆると抱擁を解かれた。
「すみません。ブライアンにも、どうしたら報いることができるのか、これから考え続けます」
「そうだね…」
「ヘンリエッタ」
名前を呼ばれ、顔をあげると、唇をふさがれた。
ヘンリエッタの身体はたちまち、その先を期待して熱をもちはじめた。
「わたしをクリスでいっぱいにして…」
自分と同じくらい熱くなっている身体に、ヘンリエッタはギュッと抱きついた。




