不真面目な医者の診察室 2回目(上)
「ごくろーさん。よく来たなあ!」
一ヶ月ぶりに会った医者サイラスは、変わらず軽かった。
「忘れずに来いと手紙を送りつけてきたのは、あなたでしょう」
「うん。いや、だって、この一ヶ月で国内情勢変わって、おまえさん超忙しくなったから。催促しないと絶対来ないと思って。しっかし、本当、こんな事態になるとは、びっくりだよなあ」
びっくりだと言いながら、サイラスは余裕を失っていない。
多くの人々が魔法使いの脅威に怯えて騒然としているというのに。
(能天気なのか、楽天家なのか…)
「そうそう、マッキンレイがダグラスに送った親善大使は全員、ひどい惨殺死体で返されたらしいな!」
「よくご存じですね…」
王家の忠臣と嘯き、富を独占しながら、分が悪くなったとみると敵に秋波を送る。
マッキンレイの信義のなさは反吐が出そうだが、殺された使者は気の毒だ。
「どうだ? これまでさんざん刺客を送りつけてきた相手からアテにされる気分は?」
サイラスは意地悪な質問を投げてよこした。
魔法使いダグラスから敵宣告されたマッキンレイは、クリスにダグラスをつぶせと言ってきたのだ。
「いいわけがないでしょう」
正直にクリスは答えた。
「でも実利としてはマッキンレイの刺客を警戒しなくてすむようになって、助かってるだろ」
「それは…そうですね」
サイラスの言葉にうなずきながら、クリスはスッと心が軽くなるのを感じた。
たしかに、気持ちとしては不愉快でも、命を狙われる毎日からの解放は大きな実利だと素直に思った。
そして。
「ところで、エッタ嬢ちゃんのことは、どうすんの?」
「は、い?」
突然の爆弾発言に、クリスの頭は真っ白になった。
「誰のことですか?」
思わず確認してしまう。
「相変わらずガード固ってぇな。俺さ、キングスフォード家にいたことがあんの。で、襲撃で怪我した御者からおまえさんが嬢ちゃんを助けに行ったこと聞いてて、そこに手首切ったって来たら……事情知らなくても分かるだろ」
「ええと…仕事で助けただけですが」
無駄なあがきだろうなと思いつつ、そう答えたら。
「うん、そういう回答はいらないから」と、一蹴された。
「そうだなあ。まずさ、キングスフォード家に、俺みたいなのがたくさんいるのは知ってる?」
どこから話そうかと少し迷いを見せた後、そんな風にサイラスは話し始めた。
「…すみません。『俺みたいな』というのは、どのような方でしょうか?」
「マッキンレイの被害者。キングスフォード家は昔から助けられる命は助け、保護し、社会に戻れるよう面倒見てきたんだよ。短い奴は一週間とかだったりするけど、俺は医学生だったから医者になるまでの三年世話になった」
いきなり重たい身の上話を聞かされ、面食らいながらも、クリスは慎重に、同情せず、軽くなり過ぎず、冷たく聞こえないような対応を心掛けた。
「それは…知りませんでした。あなたのご家族は?」
「今は俺だけだな」
サイラスは軽く答える。
家族全員マッキンレイに殺されたのだと。
重い事実に反して、サイラスの平坦な表情には、どんな感情も浮かんでいない。
今の話に彼の感情は必要ないと、彼は態度で示していた。
サイラスは話を進める。
「だからな、都には隠れているだけで、キングスフォード家が立ったらどんな手伝いでもするって連中が案外いるし、これまでマッキンレイがキングスフォードをつぶせずにきたのも、そういう連中が動くからだ」
クリスは、そこでサイラスの意図に気付いた。
キングスフォード家を継ぐつもりなら、これくらい知っておけと言われているのだ。
「話をエッタ嬢ちゃんに戻すぞ。嬢ちゃんは貴族女性としての教養はもちろん、政治、経済、魔法学なんかも勉強してた。そんな中、時間を見つけては保護された連中と話してたんだ。どんな国に住みたいか聞いたりな」
『どんな国に住みたいか』
そのキーワードに、クリスは胸がつかまれる思いをした。
この十年、クリスも王太子と、『いかにマッキンレイを抑えてより良い政治を行うか』を毎日のように話し合って来た。
(彼女は、私たちよりもっと進んで、マッキンレイを排除し、マッキンレイが主導してきた部分の政治的空白をどう埋めるか、考えてきた人…)
どうして、今、彼女とマッキンレイに立ち向かっていけないのだろう。
魔法使いダグラスさえ現れていなければ。
クリスはひざの上に置いた手をギュッと強く握った。
悔しかった。
本当なら、明後日、彼女と結婚し、マッキンレイに宣戦布告していたはずだったのだ。
「嬢ちゃんが将来王太子殿下の嫁になるって、俺が教えてもらったのは、嬢ちゃんが十歳のときだったかな」
サイラスの話が続き、クリスはハッとした。
人の話はしっかりと聞く。それは、隙を見せないために意識してやってきたことのひとつだ。
「すげぇよな。十歳で、政治の道具になるって決めてたんだぜ」
熱のこもった声で、サイラスは言った。
「でもほら、やっぱり女の子だからさ、恋に憧れたりしないのかって聞いたら、小説のヒーローがカッコよすぎるから現実の恋愛には興味もてないって返されて……自己暗示だったな、あれは。
その小説のヒーローってのが、普段は気が弱くて周りからいいように利用されてるけど、眼鏡かけたら急にカッコよくなって、巨大な悪に立ち向かうって奴でさ」
「眼鏡!?」
そこでクリスは思わず声をあげた。
「うん。重度の眼鏡フェチだぞ、嬢ちゃん。だから、会ってすぐに分かった。おまえさんと嬢ちゃんの間に、なんもないワケがないってさ」




