8 お嬢様、徹底抗戦です!
「ブライアンにしてやられたわね」
家に帰るなり、グローリアは忌々しげに言った。
「あの人のこと…先生も知っているの?」
ヘンリエッタは聞いた。
「ええ、知っていますとも。夫の直属の部下だったから。先の都の襲撃のときに志願して戦いに参加して、そこでクリスさんの手腕にほれこんで、視る者協会を退職してあっちに移ったんですって」
「へえ~」
「もともと几帳面で、型にはまるタイプの子だったから…さっきのアレも、お嬢様のお気持ちを察知して、『そばにいてもクリスさんが応えられる日は来ないから、最初に追い返す方がいい』って、杓子定規に決めつけて、そう振る舞ったのよ!」
興奮したグローリアは、ヘンリエッタの手をギュッと握った。
「お嬢様! こうなったら徹底抗戦ですわ!」
「えええ? 徹底抗戦って…これ以上どうするの?」
「今日の現場の手伝い、手応えあったでしょ? 頭の固い二人の目を盗んで現場を手伝い続けて、あの二人以外のメンバーに私たちと一緒に働きたいって一致団結してもらうのよ!」
(うわあ……先生に火がついちゃったわね。でも)
クリスがブライアンという応援を呼んだのは、一人で断り切る自信がなかったからだ。
そして、それはヘンリエッタがそばに行くことを望む気持ちがあると白状したようなもの。
「うん…! しよう、先生! 徹底抗戦! わたしもしたい!」
「ヘンリエッタ様! グローリア!」
二人が意気投合したところに、アダムが興奮した様子で帰ってきた。
「お帰りなさい、あなた。どうかなさって?」
「キングスフォード伯爵から許可がおりた! 我が家への居候と、戦闘員として働くことを許すと!」
「ほ…本当に? 本当にお父様がお許しくださったの?」
アダムの報告が信じられなかったヘンリエッタは、聞き返した。
伯爵令嬢として…いや、女としても明らかに逸脱した今回の行動を父が認めるとは、正直思っていなかった。
「もちろん、嘘偽りありません。お手紙も預かってまいりました」
アダムが恭しく差し出した手紙を、ヘンリエッタはひったくるように取ると、急いで開いた。
「…たしかにお父様の字だわ」
手紙は、こう始まっていた。
『ヘンリエッタへ
お前には負けたよ。
我が家の保険の役割からお前を解放しよう。
クリス君の支援、やってみなさい。
ただし、条件がある。』
そこまで読んだところで、ヘンリエッタも実感した。
「本当…すごいわ、アダムさん! お父様を説得してくださったの?」
「いえ、私は何も。お嬢様の所在確認を受けたときも、我が家にはいらっしゃっていないと嘘をつきましたので。採用が決まったあと報告にうかがうつもりでした」
「そうなの? じゃあ、どうして…」
「ヘンリエッタ様から役立たずと言われたことが堪えたと、軽く笑いながらおっしゃっていましたよ」
「まあ、お嬢様、そんな暴言をお館様に?」
「暴言って…そこまでひどいこと言ってないでしょ」
「いいえ、お嬢様。男性は女性から役立たずと言われると深く傷つく生き物なんですよ。相手を滅したい気持ちがないなら使わない方が良い言葉ですわ」
グローリアは口を酸っぱくして言った。
「え…そんなに?」
深く傷つくなんて、ヘンリエッタには大袈裟としか思えなかったが、その話はそこで止まった。
「ところで、お館様からのお手紙は?」
グローリアに先を急かされたからだ。
「あっ、ええとね、条件付きで認めるって。条件は…シェリー家に居候すること、シェリー夫妻の指示に従うこと、クリスの恋人だとバレないようにすること、死んでも本名を隠し通すこと…って、お父様、失礼ね。死ぬことが前提みたい」
読み上げながら手紙に目を通していたヘンリエッタは、不満も付け足した。
「あら、お嬢様。それはお館様からの最大限のお許しじゃないですか。ヘレン・フォードとして死んでもいい──キングスフォード家に囚われず、お嬢様の思う通りに生きていいって。お嬢様も分かっていらっしゃるでしょう? お館様がどれほどお嬢様を愛していらっしゃるか」
「っ」
真面目なグローリアの返しに、ヘンリエッタは言葉をつまらせた。
そう。父の本音はヘンリエッタを外国にやって確実に生かしたい、だ。そんな愛情はお断り、と家出してきた。
また、これからヘンリエッタが飛び込む場所は、実際問題、死と隣り合わせの場所なのだ。
「…ごめんなさい。先生、ありがとう」
父への感謝の気持ちを思い出したヘンリエッタは、素直に謝った。
グローリアは笑顔でうなずいた。
ひと息置いてから、ヘンリエッタは手紙の続きを読み出した。
「ええと、次の条件は『クリス君と体の関係を持つこと』……はあっ!?」
父の出してきた大胆な条件に、ヘンリエッタは驚きすぎて、ひっくり返りそうになった。
「な、な、何考えてんの、お父様は!」
「まあ、良かったわ。お館様に許可をもらわないといけないと思ってたのよ」
結婚前にあり得ないと紛糾したヘンリエッタとは反対に、グローリアは父の条件を歓迎した。
「え? グローリア先生?」
「ここから先は体の関係なしには進めませんわ。お嬢様」
グローリアは真剣な表情で言った。
「い……意味が分からないわ……っ!」
「あら、分かりませんか? 特別な関係を持って自信をつけることが、秘密の恋を守るんです」
「わたし、秘密がバレるような迂闊な行動は取らないわよ?」
「甘いですわ、お嬢様。理性ではいけないと思っても暴走してしまうのが恋愛感情なんです。第一、お嬢様が今ここにいらっしゃるのも、その恋愛感情の暴走の結果じゃありませんか」
「うっ…!」
痛いところを突かれ、ヘンリエッタはうなった。
とはいえ、受け入れ難いものは受け入れ難く。
「でもっ! でも、こういうのって、女の子から誘うものじゃないと思うし…どうすればいいのか分からないし…」
ヘンリエッタがなおも言い募ると。
「ふふ、大丈夫ですわ。お嬢様は彼の部屋に行って、一言『抱いて』といえたら、あとはなるようになります」
「嘘! だって、結婚してないのよ!? クリスは自制心が強いって、先生も言ってたじゃない!」
「そうね。でも、いくら自制心が強くても、こればかりは…ね。うふふふふ」
グローリアはにやにやと、意味深に笑う。
「え…えええ……?」
あまりに自信満々なので、半信半疑の声をあげながらも、ヘンリエッタはそれ以上強く言えなくなってしまった。
「お館様の条件はそれだけですの?」
「あ、ううん。最後にもうひとつ…って、ひ、避妊!?」
あからさまなワードにヘンリエッタは失神しそうになり、グローリアは目を輝かせた。
「やっぱりそう来るわよね! さすがお館様だわ!」




