7 代理人バトル
グローリアとペアを組んで魔法事件調査の現場に乗り込んだヘンリエッタは、その日の午後、クリスの呼び出しを受けた。
彼と話ができると、ヘンリエッタは内心喜んで応じた。
ところが、その場に出向いてみたら、クリスの他にも男性が一人いた。
ヘンリエッタはがっかりした。これでは本音の話ができない。
「シェリー夫人、フォードさん。朝からうちの手伝いをしていただいたそうですね」
おだやかな中に困ったような雰囲気をふくませ、クリスは言った。
「ですが、私の許可なく動かれるのは困ります。名前もトップもまだ決まっていない組織ですが、今、現場を預かっているのは私ですので」
ちなみに、名前もトップも決まっていないのはマッキンレイの嫌がらせだ。
マッキンレイはクリスに自分たちを守らせたいくせに、クリスが軍事力を持つことに危機感があるらしく、組織のトップにマッキンレイの人間を据えろと要求していた。
組織名も、トップに立つ人間が決めるもので仮称すらつけてはいけないと言われ、現状、クリスの指揮する組織には名乗れる名前がない。
「あら、主人から連絡がいっているものと思っていたわ」
ぬけぬけとそう言ったのは、ヘンリエッタの斜め前方に立つグローリアだ。
「そうですね。ちょうど、あなた方の報告があがってきたタイミングでシェリー総務長官から呼ばれて、説明をいただきましたよ。…お断りしましたが。総務長官の奥方に、危険な任務についていただくわけにはいきません」
「それはあなたの方から依頼する場合の理屈ではなくて? やる本人みずから、夫の同意を取って志願しているの。私達夫婦はね、視る者と魔法使いが手を取りあおうと言ってくださったあなたに感謝しているの。あなたと一緒にその夢を追いたいのよ」
熱くグローリアが語ると、予想外の賛辞に照れたのか、クリスはふいと横を向いた。
咳払いをひとつ置いてから、クリスはグローリアを見て言った。
「私の志への賛同、ありがとうございます。ですが、協力の方法は別の形でお願いできますでしょうか」
「まあ、そんなに結論を急がないで。主人も説明したと思うけど、女性が戦う姿を見せることで、志願者が増えると思うの。私達なら人集めの起爆剤になれるわ。それとも、ほかに良い策があって?」
「戦力拡大については、多方面から検討中です」
「それも主人から聞いているけど…でも、なにをどうするにしても、今の人数じゃ、都の魔法犯罪を取り締まるのがせいぜいじゃないこと?」
グローリアは痛烈な皮肉を言った。
現在、魔法使いダグラスとは冷戦状態で、戦闘行為は発生していなかった。
というのも、ダグラスは魔法攻撃を防ぐ都の護りを破壊できると明言しているものの、まだ必要なものがそろっていないとも言っていて、すぐに攻めてくる姿勢は見せていなかった。
そのため、今、メンバーたちは、訓練を兼ねて都の魔法事件に当たっていた。それは、魔法使いの警察官たちが皆ダグラスにつき、担当者のいなくなった魔法事件捜査の穴埋めでもあった。
しかし、魔法使いダグラスが軍勢を引き連れて攻めてきたときを考えたら。一矢報いることすら難しいと言わざるを得ない数で、増員は一番の課題だった。
(すごいわ、先生…! 年の功は伊達じゃないわね!)
グローリアの半歩後ろでなるべく気配を押し殺していたヘンリエッタは、クリスに負けずぽんぽん言い返すグローリアを頼もしく思った。
「…たしかに人員不足は深刻な問題ですね」
クリスが反論できなくなったところで、横に立っていた青年が口を開いた。
濃い茶色の髪と目で、知的で温和な雰囲気の、クリスと似たタイプの青年だった。
「ブライアン?」
クリスは、やや動揺した声で青年の名を呼んだ。自分の味方として呼んだ人間の、裏切るような発言に。
しかし。
「いいんじゃないかな、クリス君。せっかくここまで言ってくださっているんだから、シェリー夫人にはご協力いただいたら」
ブライアンの次の発言に、クリスは落ち着きを取り戻し、グローリアは目尻をつりあげて唇をかんだ。
「ただ、フォードさんはご遠慮願えますか? こちらは十代、二十代の男の集まりです。若い女性の存在は益より害が上回るし…フォードさんも嫌な思いをすることになると思う」
(しまった………!)
ヘンリエッタもまた、悔しい思いで自分の手をギュッと握った。
どうしてもクリスが気になって、ちらちらと盗み見ていた行動から、ブライアンに察しをつけられてしまったのだ。
グローリアは建前で、真の目的はヘンリエッタがクリスに近づくことだと。
「待って、ブライアン。私に男性とペアを組めと言ってるの?」
「はい、シェリー夫人」
「それはちょっと…あの、ペアは女性とっていうのが主人の要望で…」
「総務長官の奥方に失礼な振る舞いをするようなメンバーは、ここにはおりませんよ。先程の、我々に協力したいという強いお言葉が本心なら、男とペアを組むくらい、ささいなことではありませんか?」
「もちろん、それはそうなんだけど………私の一存では即答できないのよ」
「それは残念です」
ブライアンは、微塵の悪意もない、さわやかな顔で微笑んだ。
結局、話はそこで止まり、グローリアとヘレンは敗退するしかなかった。
~Side Chris~
「助かりました」
グローリアとヘレンが撤退したあと、クリスはブライアンに言った。
「お役に立てたなら何よりです。でも、できれば事前に教えておいて欲しかったですね。フォード嬢と面識があると」
「ええと…面識があるというほどでは…ないのですが」
「昨日、採用希望で来て、泣いて帰ったという女性が彼女でしょう?」
「…ええ、まあ」
クリスは歯切れの悪い回答を重ねた。
真実は言えない。
(抱きしめて、キスをした。たくさんの約束を…した。本当は………)
「本当に…お役に立ちましたか?」
ふいに投げかけられた問いに、クリスはギクリとした。
「俺のしたことは、余計なことではありませんでしたか?」
「いいえ。決してそんなことはありません。本当に…助かりました」
クリスは、自分自身に言い聞かせるように、ブライアンに答えた。




