不真面目な医者の診察室 2回目(下)
「で、最初の問いに戻るわけだけど、どうすんの? エッタ嬢ちゃんのこと」
言い逃れできないよう外堀を埋めたあと、サイラスは再度、その問いを投げてよこした。
「白紙に戻しましたよ。都貴族を二分してダグラスに付けいる隙を与えるわけにはいきませんから」
クリスは諦めて正直に答えた。
「そーなんだよなあ。どう考えてもゴタつくもんなあ。嬢ちゃんは納得してんの?」
そこで、クリスは固まった。
仕事現場に乗り込んできた彼女と協力者グローリアに対し、勝手な行動は許可しないと言ったのに、その後も二人は毎日現場に現れる。ブライアンに追い返してもらうものの、諦める気がないことは明白だった。
「……ああ、分かったわ」
「なっ……どうして分かるんですか!?」
クリスは叫んだ。
サイラスの分かるは、ヘンリエッタの行動や考えが分かる。
「まあまあ、落ちつけよ。言っとくけど、嬢ちゃん十二歳で、俺が二十歳で別れたっきりだからな? 肩入れはしてるけど変な意味はないから」
「…失礼ですけど、ご結婚は?」
「うん、してないけど。女に不自由してないから。そんなに信用できない?」
「……そ…の、肩入れ具合が…ひどくありませんか? 今日なんて、治療関係なく話す機会を作りたかっただけでしょう?」
「んー…とな、たぶん二、三人会えば理解できると思うんだが、保護された連中の話をエッタ嬢ちゃんは親身に聞いてたから、嬢ちゃん個人に肩入れしてる奴ってのがけっこういるんだ。俺の言動が大袈裟に感じるって言うならそいつら紹介するけど…俺以上の嬢ちゃん崇拝と…いやまあ、うん、ボロクソに言われる覚悟はしとけ」
歯切れの悪いサイラスの説明に、クリスは愕然とした。
目の前のサイラスを始め、伯爵令嬢ヘンリエッタに期待し、肩入れする人々がいる。
彼女はそれだけ特別な人なのだと。
(未来のない私に、付き合わせていい人じゃない)
わざわざ他人から言われるまでもない。
「どうする?」
「いえ…紹介は、していただかなくて結構です」
「そっか。じゃあ、これ、俺の意見な? 嬢ちゃんの性格上、屋敷に閉じこもって待つのは無理だ」
「無責任なことを言わないでください! 私が今、作ろうとしているのは、ダグラスと戦うことを最終目標にした組織なんですよ?」
「だからこそ、そばにおいてやれよ。家のため、マッキンレイに苦しめられた奴らのため、恋はしないと決めてここまでやってきた嬢ちゃんが、その縛りを破っておまえさんに恋をしたんだ。おまえさんに何かあったとき、一人残されんのは可哀想だ」
サイラスの言葉に、クリスはハッとした。
彼は家族全員を失い、一人生き残った人。
「その言い方は…ずるいと思います」
「ああ、そうだな。分かってると思うけどさ、これまで色んな人間と話してきた嬢ちゃんは、すぐに人と絆を結んで、うまく立ち回っていくはずだぜ。なにせ誘拐の五日後に公園に来たもんな」
「!?」
クリスは思わず口をあけて、サイラスを見た。
「まさか、毎日昼過ぎに公園に行けと言ったのは…」
「エッタ嬢ちゃんに、おまえさんと会う機会を作ってやるためだよ。嬢ちゃんなら一ヶ月もあればどこかで味方を作って、公園にたどりつくと思ったからさ。あ、ちなみに公園、こっからよく見渡せんのよ。だから…」
そこでサイラスは一息置き、にやにや笑いを浮かべ、「見たぞ」と、言った。
「最初に飛びついたのは嬢ちゃんだったけど、おまえさんもガッツリ抱きしめてたよな?」
クリスは赤面し、サイラスに背を向けた。
彼に対する罵詈雑言の数々を、頑張ってなんとか抑えこむ。
よし、と思ってからサイラスに向き直ったものの、彼の顔を見た途端に出てきた言葉は、「あの…私に殺されてくれませんか?」だった。
「いやだよ」
サイラスは楽しそうに笑って答えた。
クリスはため息をひとつ落とし、今度こそ、なんとか気持ちを鎮めた。
「ダグラスの事件のとき、もう公園に行かなくてもいいと便りをくれたのは目的を果たしていたからだったんですね」
「うん、そう。…あ、それからな、ダグラスの件をうまく片付けられたら爵位もらえよ」
「え?」
「当然の褒賞だろ。おまえさんの場合は、マッキンレイのせいでなかなかそういう発想に至らないだろうけど。本来なら当然の褒賞だし、おまえさん自身が価値のある男になって、求婚して、嬢ちゃんの名誉を回復してくれたら、親衛隊を自称する連中もみんな納得する」
ここだけの話、親衛隊の連中は舞踏会で嬢ちゃんをふった殿下に殺意持ってるぞ、とサイラスは冗談めかして付け加えた。
「そう…ですね。ダグラスを倒すことができれば」
ふざけているかと思えば真面目で。真面目かと思えばふざける。そんなサイラスの思惑をどこまで汲めばいいのか、戸惑いながらクリスは答えた。
(もしかして、この人、ダグラスは倒せて当然の敵だと思っているのかな。あるいは…)
サイラスは、クリスには見えていないものを見ているのかもしれない。
「ところで、ダグラスに弱点はあると思いますか?」
藁にもすがる思いでクリスは聞いてみた。
しかし。
「それを考えるのは、おまえさんの仕事だろ!」
にべもなく言い切られた。
「ですよね…」
クリスは、聞いた方が間違っていた、もうサイラスの言うことをまともに受け取るのはやめようと思った。
けれど。
診察室を出たあとも、爵位の話はクリスの頭の片隅に残り続けた。
『ダグラスを倒して堂々と彼女に求婚する』
たとえ荒唐無稽な目標でも、自分へのごまかしでも。
その志を胸に秘めることで、差し伸べられた彼女の手を取る免罪符にしてはいけないだろうか──。




