4 円満な恋人の極意は
「さて。段取りはあの人にまかせて、私たちはお嬢様の準備をしましょうか」
出勤時間になり、アダムが出掛けていった後、グローリアが言った。
身分を偽ってクリスのそばに行くために、ヘンリエッタは別人になるのだ。
「まず、目と髪のお色を変えるところから。早めにした方がよろしいでしょうから」
「早めにって…どうして?」
「クリスさんは魔法の名残りを視るでしょう? 魔法で整形した直後の人を見ると、気持ち悪いんですって」
「それは急ぐわね!」
慌てかけたヘンリエッタは、ふとその疑問に気付いた。
「ねえ。それ、どこ情報なの?」
たとえ本当に整形の名残りを視て気持ち悪いと思ったとしても、クリスはそれを他言するような人じゃない。
「ああ、えっと…そうね。クリスさんが気持ち悪いと言ったわけじゃないわ」
グローリアは、視る者協会の人が、クリスから『都の女性は日常的に魔法整形をするんですね』と話しかけられ、よくよく聞いてみると、告白しにきた女性に皆、魔法整形の名残りが視えたという話だったと教えてくれた。
「そう言えば、魔法整形して告白って、今年流行ったわね」
ヘンリエッタは言った。
整形直後が一番綺麗だということで、整形してすぐ告白というパターンが流行したのだ。
「…なによ。気持ち悪いっていうのは、先生の創作なんじゃない」
「違うわよ。マイナス方面で気に触っているから、そういう発言が出てくるんでしょ。それを分かりやすく表現したら、気持ち悪いじゃなぁい?」
「はいはい、そーですね。それにしても…一体何人に告白されたのかしら」
「私が聞いた範囲だけでも結構すごかったわよ。あれだけ仕事ができて、見た目もカッコよくて、人間もできたいい男、抱かれたいと思う女はたくさんいるでしょ」
「だ……な、なんですって?」
グローリアの口から飛び出した大胆なセリフに、ヘンリエッタは思わず聞きかえした。
「そりゃあ、クリスさんとはお付き合いできないもの。だから、マッキンレイの目を盗んで、体の関係だけ」
「わ、わたしには分からないわ…」
「あら、そうですか? 家のために政略結婚すると言いながら、クリスさんに恋したとたん、王太子殿下をふって。あげく結婚は白紙にって言われたにもかかわらず、家出して押しかけようとしているのに?」
「せ…先生はわたしが嫌いなの!?」
「ふふ。だったら、こうしてお手伝いしていませんわ。ただ…お嬢様を王太子妃にするために伯爵家にお雇いいただき、あれこれ腐心して、さまざまな教育をさせていただいた身としては、なんといいますか…」
「わかってる! 先生の教えを全部無駄にして悪かったわ! だけど、今は言わないで。ただでさえ、クリスにどんな反応をされるか不安なのに」
「あら。結果なら明らかじゃありませんか?」
「なによ。あっけなく拒否されて泣いて帰るに決まってるとでも言うの!?」
「あらあら、お可愛らしいこと」
ヘンリエッタが叫ぶと、グローリアはもったいぶるように笑った。
「どう見たって、クリスさんはお嬢様にぞっこんですわ。だいたい、女性からのワンナイトラブの誘いを断り続けた人が、お嬢様とはマッキンレイと戦う決意をしてまで結婚を望んだのよ?」
「んん? ええと…ワンナイトラブは断るのが当たり前じゃないかしら?」
「なにをおっしゃいますやら。王太子妃教育のときに口をすっぱくして申し上げたはずです。男性は体の構造上、日常的に性を意識せざるを得ない上に、たくさんの女性と性交渉して自分の子孫を広く残そうとする本能を持っているの。好きにやっていい、でも責任は取らなくていいなんて最高の誘惑ですよ」
「男性がみんなそうだとは限らないと思うけど…」
「うふふ。クリスさんだけは違うって言いたそうなお顔ですわね」
「だ…だって、そう思うもん。先生だって、アダムさんがほかの女性に興味を持つとか考えてないでしょ?」
「そりゃあ、私は余所見されないよう日々考えておりますもの。夫婦だろうと恋人だろうと、なんの努力もなしに円満な関係は続きません。お嬢様にもその極意をお教えしたはずですけど」
「え、殿下のお手がついた女性には尊重の意思を伝えて味方にしなさいってアレ…?」
「それは王太子殿下限定です」
「だよね…。じゃあ、浮気を公認して、本妻の立場を守りなさいっていうやつ…?」
ヘンリエッタは、想像するだけで胃がキリキリするのを覚えながら、ふるえる声で言った。
(王太子妃を目指してたときは、自分がどううまく立ち回るかだけが重要だったのに…クリスがほかの女の人と…とか…わああああっ)
自分の中の強い拒絶反応に、思わず頭を抱える。
ふっと、グローリアが優しく微笑んだ。
「答えは、日頃から彼とたくさんお話をして、敬愛の情を示し、気持ちのすれ違いをなくすことですわ、お嬢様」
「え? っと……あ、そうか。人の感じ方や考え方は、日々まわりに影響されて少しずつ変わっていくから、毎日顔を合わせて、少しでも、挨拶以外の会話をするのが大事ってことだったわね」
「はい、お嬢様。そばにいることは、とても重要なことなのですわ」
その重要なことをヘンリエッタが果たせるよう、グローリアは協力してくれている。
(先生には本当…いくら感謝しても感謝しきれないわね)
「さあ、無駄話はこのくらいにして、髪と目のお色を決めましょうか」
グローリアが、パンパンと手をたたいて言った。
しんみりとしていたヘンリエッタは、グローリアのその切り替えっぷりに、
「もともと話を脱線させたのは先生じゃない!」
と、抗議の叫びをあげた。




