3 未来への希望
「ヘンリエッタ様のお心、この不肖アダム、確かに聞き届けました。微力ながら、全力でサポートさせていただきます」
元家庭教師グローリアの夫で、視る者協力総務長官アダムから、協力の申し出を受けたヘンリエッタはポカンとした。
自分の耳が拾った言葉が信じられなかった。
ついさっきまで家に帰れと言われていたのに、この手のひら返しはなんだとさえ思った。
「ヘンリエッタ様。貴女はクリス君を見殺しにできないとおっしゃった。私もそうなのです」
アダムが言った。
彼は再び、ダイニングテーブルを挟んだ向かいに、グローリアと並んで座っていた。
さっきまで何もなかったテーブルにはティーポットとティーカップが並び、あたたかいハーブティーの香りが空間を優しく満たした。
「それは…どうして?」
ヘンリエッタは慎重になって、たずねた。
自分が暴走している自覚はあったし、止める方が正しい反応だと分かっていた。
「まず第一に、良心の問題です。たしかにクリス君は特別な視る能力者で、優秀だ。けれど彼はまだ二十歳にしかならない若者なのです」
アダムは苦い表情で言った。
「いい年をした大人たちが、勝ち目のない戦争を前途ある若者たちに押し付け、彼らの苦労から目を背け、自分だけが助かろうと躍起になっている。今、都で繰り広げられている光景のなんと醜いことか」
アダムの思いを聞きながら、ヘンリエッタも胸を痛めた。
(わたし…アダムさんのような考えはなかったわ。でも、言われてみたら、本当にそう。今、クリスはとても不条理な状況に置かれているんだわ)
クリスだけじゃない。彼とともに反逆者・魔法使いダグラスの王都再襲撃に備えようと決意した若者たちも。
今、彼らが受けている評価は、無謀な自殺志願者という、あまりにも心無いものだったのだ。
「そして、魔法使いダグラスは愚者ではない。現王陛下を能無しと言い、王太子殿下の首こそ討ちとるべき本丸だと明言しています。そして、クリス君は……殿下への忠誠心が強すぎる。殿下を守れずに自身が生きる道はないと、頭から決めてしまっているのです」
「ええ…そうよ。わたしに待つなと言って、一人で勝手に覚悟を決めてしまったのよ…!」
ヘンリエッタは叫んだ。
王太子を唯一の王と仰ぎ、両親や自分が世話になってきた人たちを大切にする。そんなクリスだからこそ深く好きになったし、彼の一番近くで、彼を支える存在になりたかった。
守られたいとも、彼に何かを捨てて欲しいとも思っていない。ただ、彼が選んだ道にヘンリエッタも寄り添いたかった。
それなのに。
(どうして、わたしだけ安全な場所にやって、それがわたしの幸せだなんて思うの…!?)
荒ぶる感情に呑まれそうになり、それからアダムを見て、静かで微動だにしない彼の目にハッとした。
今は感情的になって、判断力を落としていいときではないと言外に言われていた。
「…ごめんなさい。話を続けて」
ヘンリエッタは、心を落ち着かせて言った。
アダムは得心したようにうなずくと、口を開いた。
「ヘンリエッタ様。私は、未来のためにクリス君を生かしたいと考えております」
「未来…?」
「この国が魔法使いダグラスに蹂躙され、魔法使いのための国が生まれたとき。確かにその国は魔法使いにとっては理想の国かもしれない。が、魔法使いではない多くの者が苦しみを背負います。そんな世界にこそ、クリス君は必要だ。特別な視る能力者である彼が」
「アダムさん…」
彼がクリスに何を期待しているのか察したヘンリエッタは、かすれた声で彼の名を呼んだ。
クリスに苦難を押し付ける大人たちも許せないが、アダムがクリスに向ける期待も恐ろしいと思った。
「期待が…大き過ぎませんか…? クリスはあなたと同じ人ですよ…?」
「それを言うなら初代国王陛下だって同じ人ですよ。…今から重要機密を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「え…?」
「クリス君にも、誰にも口外しないでいただきたい話です」
「ちょ…クリスにもって…そんな重大な秘密、わたしに話していいの?」
「はい。むしろ、ヘンリエッタ様には知っておいていただきたいのです」
ヘンリエッタは、ごくりとつばを飲んだ。
聞けば最後、後戻りできなくなる類の話だと分かるから。
(…でも聞けば、協力者になってもらえる)
「分かった。誰にも口外しないわ。だから、教えて」
ヘンリエッタは言った。
「これは、代々総務長官にのみ伝えられてきた話で、長官殿は知りません。いつの時代も総務長官を経験した数人しか知らない情報。なぜ総務長官がこの任を担うことになったのかは分かりませんが…とにかく、視る者協会の役付に一人、知る者がいれば良かったのだと私は考えています」
(う…わぁ……いよいよ重たい話ね……)
前置きを聞き、ヘンリエッタは冷や汗を意識した。
「総務長官にのみ伝えられてきたその情報とは、一般の伝記が伝えていない、初代国王陛下の特別な能力です」
特別な能力。
アダムの出したキーワードに、ヘンリエッタはハッと息を呑んだ。
「まさか…それって…」
「魔法の名残りを視る力。クリス君だけが持つ視る能力を、初代国王陛下もお持ちだったのです。…私の気持ちをご理解いただけましたでしょうか」
クリスは初代国王の再来だと。
(そう言えばクリス、総務長官は少し苦手だって言ってたわね。神のごとく崇めてきて、やりにくかったって)
クリスが特別な視る能力者の認定を受けてから、総務長官を務めたのは三人。特に先の二人は酷かったらしい。
けれど、クリスを初代国王の再来だと思う気持ちがあればこそ、マッキンレイがどうした、神を守れなければ自分たちの存在価値はないといわんばかりの、視る者協会総力を挙げての庇護につながったのだ。
「私は、貴女をそばにつけることで、彼に、貴女を守り、ひいては自分も守るよう…潔さより、しぶとく生き残る道を模索して欲しいと考えております」
「生き…る」
「そうです。私は決して貴女に心中してほしくて、クリス君のそばにつけたいと言っているわけではありません。殿下という心の拠り所を失ったとき。そのときにクリス君の意識を変え、生きる方へと向けて欲しい。そのための協力です。お応えいただけますでしょうか?」
このとき。ヘンリエッタは気付いた。
自分もまた、死に囚われていたことを。一人置き去りにされるくらいなら…と。
熱い雫が瞳からあふれだし、頬をぬらした。
「そうね…勝つか負けるかじゃない……生き残るかどうか……」
「そうです。あなた方は未来への希望なのです」
「あなた方って…わたしも込みなの?」
「もちろんです。この混迷期に、困難と正面から向き合える、貴女以上の伴侶はいません。貴女がクリス君のそばに行けるよう手筈を整えます。私に一日お時間を下さい」
アダムはどこまでも本気だった。
熱い視線を受けとめると、ヘンリエッタは涙をぬぐい、不敵に微笑んだ。
「はい。よろしくお願いします」
(そうよ。クリスが勝手に殿下と一連托生の覚悟を決めてわたしを突き放すなら、わたしは、どんなにみっともなくても、クリスにすがりついて、わたしと生きる道を選ばせてみせるわ…!)




