不真面目な医者の診察室 1回目
クリスが視る者の自傷の力を使ってヘンリエッタを助けた直後のお話。
クリス視点です。
「ふーん、へーえ、見事なもんだね」
どこか小馬鹿にするような調子で言われて、クリスは内心でムッとした。
その発言をしたのは、ボサボサの頭に白衣を着崩した、二十代後半の大柄な男性で、早い話が、医者である。
名前はサイラス・ウェリントンという。
視る者特有の技で、魔法使いの魔法を破るため手首を切ったあと、周りに無理やり病院へ行かされ、当たった医者が、目の前の、見るからにずさんでいい加減そうな彼だった。
「ほんの浅くしか切っていませんし、出血も止まってますし、これ以上何かしていただくことはありませんので、もういいでしょうか」
クリスがそう言うと。
「うん、それ、俺が考えることだから。ところで、手首切ったの何回目?」
と、サイラスは切り返してきた。
「何回って、今回が初めてですが」
「ああ、いや、聞き方が悪かったな。何回練習で手首を切った?」
「え………」
「俺は視る目は持っちゃいないけどさ、医者だから分かんのよ。切った皮膚を魔法で修復して見た目は綺麗になっても、やっぱり完全に元どおりってワケには行かない。何回も同じところを切って治すを繰り返してたら、なおさらな」
「…その回答は診察に必要ですか」
「うん、必要」
サイラスは信用のならない、気安い笑顔を浮かべた。
「ええと、俺もあんまり詳しくないから聞くけど、この技って、条件があったよな。たしか成人男性で、身長百七十以上。でも、おまえさんの古傷は十年くらい前、まだ子どもの頃のもんだ。これはどういうわけだ?」
具体的に時期まで絞って問つめられ、クリスは嘘の言い訳を諦めた。
「正確な条件は、対象の魔法使いより身体的に大きいことです。成人に限られるのはメープル酒を服用する場合。子どもでもメープルジュースを服用することで、同じことができたんです」
クリスは十歳で六歳の王子の侍従となったが、その意味はお目付役だった。
王子が魔法で暴走したときには手首を切って止めることがクリスに課せられた役割で、ためらわず実行できるよう父親監修のもとで練習したのだ。
「切る訓練をしたことで、魔法使いや魔法への恐怖心が薄れ、度胸もつきました。百年ほど前までの視る能力者の実務訓練にも入っていた項目ですし、私が殿下とまっすぐ向き合えたのも、この訓練のおかげです」
「ええと…まあ、そうなんだろうけどさ。ところで、メープルジュースとか、聞いたことないんだけど」
「製造元より特別に提供していただいてましたから」
「ちなみに、それ、飲んですぐ効くわけ?」
「いいえ。毎朝一杯飲むんですよ」
「うわぁお。つまり、成人するまで毎日飲んでたってこと?」
「そうなりますね」
「毎朝それ飲むとき、練習で切った場所、うずいたろ」
「別に…」
「結果的に意義があったと思っても、それでもさ、そのときに感じた苦痛は……刺さってんだろ、ここに、さ」
サイラスは、胸を指差しながら言った。
「すみません、先程からあなたの質問の意図が分かりません。診察に関係のない話は…」
「診察に関係あるから話してんの! あのな、俺は今回の傷は消さずに残しておく方がいいと思ってる。でも、医者によって見解は変わる。だから、おまえさんが傷を消したいなら、ほかの医者を紹介する。どうする?」
「最初に言ったはずです。これ以上していただくことはないと。傷跡とか、こだわりませんよ」
「あっそ。じゃ、薬出すけど今日はもう遅いし、用意できんの明日になるから、一晩入院してけ」
「は? 薬って、なんのための?」
「医者が必要っつったら、必要なんだよ。あと、先に言っておくけど、入院は容体の急変に対応するためな。今は大丈夫そうに見えても、これから問題が起こる場合もあるから。な?」
結局、サイラスに押し切られて、クリスは病院に一泊させられた。
*
翌日。
「はい、これ、薬。それから、毎日、昼過ぎは公園を散歩しろ。じゃ、次は一ヶ月後な」
昨夜も大概横暴だと思った医者は、さらに横暴になった。
「待ってください。全然納得がいきません。一体なんの治療ですか?」
クリスはサイラスにかみついた。
彼の要求も気に入らなかったし、これ以上彼と関わることも嫌だった。
「うん? 手首切った患者が後遺症を残さないための治療だけど」
「その言い方ですと、私の精神に問題があって手首を切ったように聞こえます。これは純粋に、魔法を破るために…」
「ああ、言い方に配慮が足りなくて悪かったな。じゃ、こう言わせてもらおう。俺の言ったことが守れず、一ヶ月後の診察すっぽかした場合、長官殿に、『おたくの息子さんに、◯◯不全の治療に来るよう伝えてください』って言いに行くぞ?」
「な…なんですか、その低レベルな脅しは…!」
「でも、おまえさん、あからさまに嘘だと分かってても、こんな言葉を口にされるだけで嫌だろ? あ、俺、やると言ったら、本当にやるから。嫌なら、そうだなあ…俺にメチャ惚れの美人紹介してくれたら、おまえさんの望み通りの診察してやるぞ」
「あなたを好きになる女性なんて、美人に限らなくとも、都中探したっていませんよ!」
クリスは思わずムキになって言った。
「じゃ、一ヶ月後な。あと、サボったら分かるからな。その点でも俺をなめんなよ?」
ぽんとクリスの肩をたたき、サイラスは満足そうに去っていった。
クリスは、しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。




