038.宿屋騒動 ~中編~
訂正です。
※前話の「部屋に集合」、を「宿に集合」に変えました。
連続投稿です。中編と後編に分かれているのでお気を付けください。
「聖騎士さん」
誰何する声に振り向き、眼前を行く白い鎧を纏った女性が振り返る。
端正な顔立ちに白磁のような白い肌。切れ長な瞳と、その上に乗っている柳眉は本人の人徳を表しているようだ。それに加え、鎧の上からでも分かるスレンダーな肢体。且つ、出るところは出ているという理想の体型。
聖騎士さんはこちらを見て一瞬不思議そうな顔をしたが、直ぐに俺が誰だか思い出したらしく駆け足で寄ってきた。
「昼間は私の部下が失礼を……」
「いえ、済んだことは仕方がないので。あまり気にしないでください」
「ですが……」
尚も言い募る聖騎士さんに俺は言う。
「突然で悪いのですが、今お暇でしょうか?」
「え……、は、はい。ちょうど警邏の任が終わったところですが……?」
「それはよかった。これから仲間内でパーティー……会合をするのですが、人数が足りないのです。もしよろしければ、来ていただけないでしょうか?」
この手の真面目そうな人には、後腐れのないように頼み事をするのが一番だ。この人はシェイラやミルにしたことを悔やんでいるようだし、ちょうどいいだろう。
「私でよければ」
案の定、答えはイエスだった。
「ただ、この格好で参るわけにはいきませんので、少々仕度する時間を頂きたいのですが……」
「そうですね、こちらも少し準備に時間が掛かりますし。では、一時間後に再びここに集合というのはどうでしょうか?」
言ってから気づいた。この世界での時間の単位はこれで合っているのだろうか? 江戸時代の人々のように、陽が沈むまで働き暗くなったら家に帰るみたいな曖昧なものだったらどうしようか。
「分かりました。一時間後ですね」
どうやら伝わったようだ。
俺はこの国の言語を習得してはいるが、まだ不確かな部分もあり、齟齬が生じ話が食い違うこともある。英語を習得した日本人が現地に行ったら言い回しが違った、みたいな感じだろうか。
そのまま一礼して去ろうとすると聖騎士さんから呼び止められた。
「あの」
「なんでしょう?」
「お名前を教えてもらってもいいですか?」
「あっ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね」
そう言い、俺は姿勢を正した。
「ユーと申します。どうぞお見知りおきを」
「はい。私は、昼間もお伝え致しましたがレイヤと言います。よろしくお願いします」
聖騎士……レイヤさんは微笑しながらそう告げると、王城のある方面へと歩いて行った。
苗字がないところ、貴族の出ではないようだ。騎士の、更には隊を束ねるような階位にいるのは純粋な実力によるものなのだろう。
偉ぶったりしないあたり、個人的にとても好感のもてる人だった。
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その後、天音のところへ訪れたのだが、俺の注文したオーダーメイド製の武器の作成に手間取っているらしく、況してや依頼者が俺であるため誘うのは憚られた。
まあ、一人確保できたからよしとしよう。
宿に帰ってパーティーで出す料理の準備をする。女将には既に許可を得ている。それどころか、食堂と厨房まで貸してくれた。まあ、後者は有料だったが。だが善意には違いない。
周りに見えない位置で亜空間から食材を取り出す。シェイラたちはまだ寝ているので、時間はたっぷりとある。
魚屋で購入した魚は三種類ほど。全部で8匹で、内三匹が全長1mはある大きい種類のものなので、食うに事欠くことはないだろう。焼くのが面倒だが。
体が大きい魚を優先的に焼いている間に先ほど買った白米を用意する。米があったことにもびっくりだが、厨房に釜があった時はもっと驚いた。備え付けの蒸籠で蒸している間に、この間のダルクでの祭りで余ったワイバーンの肉を適当な大きさに切り分ける。
と、そこでカズマが小荷物片手に帰ってきたので、有無を言わせず手伝わせる。
同じ日本人ということもあり、調理方法をよく把握しているため作業が捗る。
途中で宿の女将が様子を見に来て感心していた。
「冒険者かと思ったけど、料理人だったのかい?」
「いえ、違います。冒険者ですよ」
「へえ、冒険者なのに、その歳でその腕前かい。アンタ、食いっぱぐれることがあったらウチに来な。料理人として雇ってやるよ」
「ハハ……、ありがとうございます」
どうやら気に入られたようだ。
他にも料理長なんかが来たりして(この宿は王都でもそこそこ高い部類に入るため、専属の料理人がいる)色々とアドバイスを貰った。スジがいいとこれまた褒められた。
「褒められっぱなしだねぇ、優クン?」
「悪い気はしないな」
少し誇らしい。怠惰な姉をもった甲斐もあったものだ。
そうこうする内に料理が出来上がり、聖騎士レイヤさんとの約束の時間も間近になってきた。時間があまりなく、並行した作業を連続でこなしたため疲労がピークに達しつつある。身体強化を使っておけばよかったと後悔した。……しょうもないことに使うのもどうかと思うが。
「そろそろレイヤさんを迎えに行ってくるよ」
カズマには既にレイヤさんのことは告げてある。
「シェイラとミルを起こしてもらうように言っておいて。あと、デザートよろしくね」
「あいよ~。行ってらっしゃい!」
俺は制服の上にコートを羽織って夜空の下に出た。
この服装も目立つので、そろそろ替え時かな……。明日王都を出立する前に買い換えるとするか。
そんな感慨を抱きながら満点の星空の下を歩き出した。
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待ち合わせ場所へ行く道中、カズマから借りた砂糖を返すべく自分の分も含め大量に砂糖を購入する。あげると言われたが、あいつに借りをつくるのは癪……というか悪い予感しかしないので、返しておくのが無難だろう。
あと、生クリームを売っていたので使った分を補充しておく。大抵の店がしまっている中、こういう店が空いているのは、宿屋の料理人が足りなくなった食材を買いに来るからなのかもしれない。
約束の時間の数分前に待ち合わせ場所に着いた。まだレイヤさんは来ていない。
俺は右腕に巻きつけてある時計を眺める。
この世界にも時計の概念はあったようで、街でも売られているのをよく見かける。ガラスを使うため、多少高価になり高ランクの冒険者や貴族、商人くらいしか持っていないらしい。
また、俺のいた世界の既存の時計とは違い、長針と短針はあるもののコンパスみたいな形状をしている。魔力を元に動いているので、止まる度にいちいち込めなおすのが面倒なのだとか。……俺の時計は恐らく向こう一年は止まることはないだろう。
この腕時計を作った奴はきっと日本人だな。
尚、腕時計を持っていない人はクロックタワーのような楼閣があるのでそれを見ることで時間を知ることができる。魔力を込めるのが大変そうだ。
俺が腕時計から視線を外すと、少し先の方から一人の女性が駆けてくるのが見えた。
「遅れてしまってすみません、待ちましたか?」
「いえ、今来たところです」
お約束の言葉。
因みに今は約束の時刻ちょうどなのでレイヤさんは遅れてなどいない。
「綺麗ですね」
素直な言葉を吐いた。
レイヤさんは昼間の鎧姿からは想像できないほどの異彩を放っていた。
パーティーと聞いて何を勘違いしたのか、真紅のドレスを着込んできている。赤に混じって黒色のドレープがあしらわれており、赤色を基調としたドレスに金髪がよく映える。
俺はそんな大層なパーティーに誘ったつもりはなかったのだが……。
ホームパーティのようなものだと事情を説明すると、レイヤさんは顔を真っ赤にしてしまった。
「す、すみません。先走ってしまったようで……」
「いえ、詳しく説明しなかったこちらに非がありますので」
赤面しているレイヤさんは、昼間の真剣な表情とギャップがあって可愛く見える。
このまま連れて行くとカズマには喜ばれそうだがミルは嫌がるかもしれない。だって……胸あるからね。俺は心底どうでもいいと思うが、そういうのを気にする人にとってはコンプレックス以外の何者でもないのだろう。レイヤさんのドレスが胸を強調するようなものでなかったのがせめてもの救いだ。
「き、着替えて……」
「いや、もうこのままでいいでしょう。それに、凄いお似合いですよ? 何も恥ずかしがることはないと思います」
「あ、ありがとうございます……」
レイヤさんは赤面したまま俯いてしまった。
そのまま人形のように無言で付き従うレイヤさんを連れて、宿屋に戻った。
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宿に戻ると既に見知った面々が食堂に集まっていた。うまい具合に配置された数々のテーブルの上には種々雑多な料理が所狭しと並べられている。その中にはレイヤさんを迎えに行く直前にカズマに頼んだデザートもある。随分と作業が早い。
食堂にはいつもの面子+αに加え、他の宿泊客も覗きに来ていた。食堂は一応貸切になっているので女将が人払いをしてくれたが、食堂と手前の部屋の境界線ギリギリからこちらを窺う人の数は枚挙に遑がない。さすが、王都に店を構えるだけはある。宿泊客の人数が半端ない。
「なんだあの料理の数は……」
「美味しそう……」
「高そうな料理があんなにも。貴族なのか?」
野次馬の声量が幾重にも重なって耳に痛い。殆んどはどうでもいい感想や私見ばかりだが、最後のは見逃せそうにない。取り敢えず、適当にそうではないと弁明しておいた。
「優クン? これはパーティー以前の問題だね、どうする? 彼らも混ぜる?」
「それじゃあパーティーの意味がないだろう」
元はと言えば、シェイラを励ます会だった筈だ。当の本人はフード付きのローブを目深に着用しており、観衆に鬱陶しげな視線を送っている。
ヤバイ、不機嫌だ。
面倒だが、目論見通り事が進まないので次善の策を弄することにする。
「仕方ない。ここに並べられた料理は全て彼らに提供することにしよう」
だが、その前に自分たちの取り分を小皿に移しておく。女将には追加で空いている大部屋を貸してもらった。そこに料理を運び、身内でパーティーを仕切り直す。食堂で止むを得ず提供した料理や部屋代は完全に俺の奢りとなった。なんか負けた気がする。
「まあ、気を取り直してやっていこうにゃ」
ミルの一言に気を持ち直し、食堂と比べるとやや手狭な一室で車座になってトランプを並べていく。カズマは下に何かを貰いにいったため不在だ。直ぐに戻ってくるだろう。
レイヤさんは魔人に対する偏見がないのでミルとシェイラはローブを脱いで素の状態でいる。ミルも人心地ついた様子で語尾を連発する。もう口癖じゃない気がするのは気のせいだと思いたい。
「ユーさん、それは一体何ですか?」
レイヤさんが床一面に並べられたトランプを指して言った。
「ああ、これは……」
「トランプと言いまして、これらカードひと束で様々な遊戯をお楽しみいただくことができます」
示し合わせたかのようなタイミングでカズマが戻ってきた。俺のセリフを奪うのはともかく、商売口調になるのは何故だ。
「本来なら下の階で披露して皆に喧伝してもらうつもりだったんだけど、想定外のハプニングで目論見が達成できそうにないからね。せめて聖騎士様に取り入ろうと思ったわけだよ」
カズマが声を潜めて耳打ちしてきた。どこまでも利益に忠実な奴だ。
それにしても、レイヤさんのことは既に調査済みなのか。彼女の大らかな人となりの理由について詳しく聞きたいところだったが、カズマは笑うばかりで答えないので諦めた。
「えー、今回は『神経衰弱』と『ババ抜き』をやろうと思います!」
少人数ではあるが、トランプのお披露目を兼ねて二つのゲームをやることになった。
量が多くなってしまったので二分割しました。
次回予告(嘘)
「ババ抜き……?」
レイヤの耳が妙なところで反応した。
「それってつまり、『ババア抜き』ってこと? 年長者の私はババアだから遊戯に参加できないっていうの!?」
ユーとカズマが彼女を必死に宥めようとする。
「え、いやそんなことないですから」
「大丈夫、なんかしらんけど大丈夫だから」
しかし努力は虚しく。
「なによ、いいじゃない。少しくらい結婚適齢期過ぎてたっていいじゃない! 私は売れ残りのババアなんかじゃないんだから!」
「「トラウマキター」」
次回、昔は結婚しなきゃいけない風潮があったらしいけど今はそうでもなく独身の方が多いようです。というわけで、クリスマス前のカップル達。僕の目の前でイチャイチャするのを即刻やめてください。




