032.日本人との接触
いつもより少し多めです。
「してやられたよ……」
苦虫を噛み潰したように歯噛みする。奥歯がギリっと擦れた音をたて、口内に僅かに血が垂れる。現実めいた鉄の味が悔しさに加速度的な拍車を掛ける。
イニシアチブはこちらが握っていた。相手はただ、こちらのミスを逃しはしなかった。ただ、それだけのこと。ギルドの飼い犬になったのはこちらの望むところであったし、悪いのはギルド長ではない。そもそも、怒りをぶつける対象が違う。
ミスは誤差の範囲内で済むものだった。では、俺は何に対して憤慨しているのか。それはどうしようもなく、激情より先んじて悲嘆を呪うべき対象。憤りをぶつけるのは、悲憤を向けるべきは己が手には余る対象――運命そのものなのだから。
「まさか、信頼していた友人が指名手配犯だったなんて……」
「私も驚きました。まさか、リーザックさんが……」
「それはミルも同じにゃ。信じられないのにゃ」
語尾が露になるほど驚愕していた。
なにせ、ミルにとっては同じ釜の飯を食った間柄であり、俺にとっては轡を並べ戦った戦友だったのだから。一方的に裏切られたような感が拭えないのは必然だろう。リーザックも、俺が王都に行くことを告げたことから早晩こうなることを予見していたはずだ。それでいて快活に振舞っていられたのは……。
「師匠、これからどうするんですか?」
不意に放たれた言葉に思考が遮られる。
彼女の顔に浮かぶのは激情でもなければ悲嘆でもなく、不安だった。周囲を思うが故の、リーザックすら気にかける寛容さ故の不安だった。彼女は優しすぎる。
このまま不安なままにさせておくわけにはいかない。
仰ぎ見る強ばった表情に、俺は頭を撫でることで返した。
「シェイラとミルは先に行っていてくれ。分かっているとは思うが」
「くれぐれも正体がバレないようにって? 分かってるわよ」
ミルが怪訝そうにへの字に口許を歪めた。聞き飽きたと言わんばかりの顔ぶりに俺は安堵感を覚え、フッと笑みを零した。
「それじゃあ、シェイラ。これを」
即座に待機させてあった魔術を発動させ、異空間から金貨の入った小袋を取り出した。計240枚貰った金貨の内10枚程入っている。
俺はそれをシェイラに向けて無造作に放り投げた。
「えっ、あっ!」
シェイラは危なげにキャッチすると、鋭利な双眸でこちらを睨みつけてきた。
「師匠! 金貨を投げるってどういうことですか!?」
ああ、そうか。俺今日本円に換算して千万円を放ったのか。億単位で金持ってたから失念してた。着実に金銭感覚が狂ってきてるな。
「それで、私はこれを預かってたらいいんですか?」
「いや、やるよ」
「……は?」
「だから、あげるって言ったんだよ」
こちらを見つめたまま呆然と立ち竦む彼女に優しく諭す。何故貰えるのか理解できてない様子だ。
「俺としては、お小遣いのようなものだったんだが」
「金貨がですか!? 一体何枚入ってるんです!?」
「10枚」
「師匠!?」
受け取れないとばかりに反論してくるシェイラ。そのまま小袋を突き出してくるが、その腕は虚空半ばに差し止められた。突き返すように小袋を差し出してくるシェイラを止めたのは意外にもミルだった。
「シェイラ、世の中貰えるモンは貰っとくべきよ」
言いつつ、ミルの口許から涎が床に垂れる。気のなしか、瞳には¥マークが浮かんでいた。
意地汚いが、ミルの言葉は正しい。
「そうだぞ、貰っておけ。小遣いとして受け取れないなら、俺からの感謝の気持ちだと思ってくれ」
「感謝……?」
シェイラは気づいていないかもしれないが、俺がここまで頑張ってこれたのは偏に彼女の存在があったから。シェイラが傍にいてくれたからに他ならない。
気恥ずかしくて、臆面もなく口に出せるようなことではないが。
「いいから受け取っておけ」
「…………」
暫く逡巡している様子を見せるものの、再びこちらを仰ぎ見て――
「はい!」
花はずかしい笑みを咲かせたのだった。
「ついては、全て飲酒に費やしたいと思います」
「金については一任したいところだが……昼間は飲酒禁止だ」
「そ、そんなぁ……」
「シェイラ。そんなことに使うのはもったない。ちょっと私に分けてくれればもっと有意義な使い方を――」
「おい、そこ」
喘鳴を上げながら¥を双眸に浮かべている時点で説得力もなにもない。
まあ、兎に角……と威儀を正して続ける。
「くれぐれも周りの視線とミルに気をつけて行動してくれ」
「うにゃっ!? ミルも!?」
当然だ。金目当てで何をしでかすか分かったもんじゃない。
「夕頃には宿泊する宿屋に集合な」
「はい」
「ねえ、ミルには気をつけなくても――」
捏ねるミルを無視してシェイラを送り出した。
去り際にシェイラが見せた表情は太陽そのものだった。久しぶりに彼女の笑顔を見た気がする。……どうにも辛気臭くていけないな。
そんな感慨を抱きながら彼女達の背を眺めていた。
そして、やがて姿が見えなくなったあたりで魔術を起動させる。何故彼女らがいなくなった時を見計らったかというと、これから使う魔術はある種残酷なもので使用には絶対に反対されると思われたから。
――魅了の魔術。ギルドとは縁がある以上、窮屈に感じる場所であったら困るからな。
取り敢えず、俺は先程の受付嬢を探し歩き出した。
~~~~
「先に行けって言われてもねぇ……」
ギルドの屋外でミルが虚空に独りごちる。それも当然だ。彼女の言い分には感情だけでなく理屈も付随している。
「私達じゃあ外を歩いているだけで危険ですからね」
彼女たちは魔族。人類の敵である魔そのものを宿し生まれ落ちた者。幾ら人権があろうと、善人悪人問わず疎まれ、忌避される存在だ。何の根拠も無い荒唐無稽な差別。存在そのものが罪だと言わんばかりに忌諱される。人非人は謗る側であるというのにも関わらずに。
「まあ、結局ユーを待たなきゃいけないのには変わらないか」
「そうですね。ところで……」
口を開き紡がれるのは祝詞なぞとは正反対の呪言。
なんともない談笑に興じるシェイラが水面に一石を投じるわけだが、後に彼女はそれを後悔することになる。
それは、俗に言うところの……
「ミルさんって、語尾付けないと印象薄くなりますね」
「…………」
爆弾発言である。
「キャラが弱いというか、陰が薄くなるというか……」
「…………」
「私や師匠は語尾がないから平時の印象は薄いですけど、語尾を失くした人の印象って……」
隣で佇立していたミルの表情に翳が差す。血色の良い肌は空もかくやと思うほどに真っ青であり、地を踏む足は小刻みに震えている。
隣人の様子に気付かず続けるシェイラも大概である。本来印象の薄いキャラクターが何の大言壮語をほざくのか。彼女は自身の語る言葉が自虐的行為だということに気がつかない。
しかし、この瞬間にも彼女の『病原体』は着実にミルに移りつつあった。それは即ち――キャラの印象の薄さ。今まさにこの瞬間にもそれはミルに伝染している。というか、伝染病だったのか、ソレ。
「ケットシーだっていうことを少し表に出しすぎですよね。やっぱりなんていうかあざとい感じが……」
無論、シェイラに他意はない。天然気質なだけであって、決して妬み嫉みなどから口にしているわけでない。だが、それでも言っていることは他者を傷つけることに他ならないが。
「もうちょっと控えめにした方が「シェイラ……」」
指を立てて持論を揮うシェイラの真横でミルが幽鬼の如くフラリと陽炎めいた残像を残して直立した。そして、その姿勢のまま腕を掴み言葉を阻む。
彼女の様子に気がついたシェイラは流暢な言葉を言い止した。
「そこまで言うのにゃらこっちも言わせてもらうにゃ」
執拗に語尾をつけようとする辺り効果は覿面であったに違いない。
「シェイラ……」
生唾を飲み込んでしまうほどの鬼気迫る圧迫感。その雰囲気に一瞬にして呑まれ、シェイラは一歩後退した。
ミルの口からそのような悪魔の言葉が放たれるのか。いや、それとも彼の悪魔が囁いた甘言のように魂を奪うようなものなのか。
得体の知れない奇特さを肌に感じ、シェイラはキッと前を見据えた。
から風が相対する両者の間を吹き抜ける。刹那の緊張の一瞬、ミルが口角を上げ均衡が破られる。
「ユーのこと、どう思ってるにゃ?」
「…………はい?」
それは予想していたものから遥かに遠いものだった。そもそも方向性の違う話題にシェイラは呆然自失。自我を見失う。
「だから、ユーのことをどう思ってるのかと」
「えっ、し、師匠ですか!? い、いや別にそんな」
「慌てるあたり、シェイラの方がよっぽどあざといにゃ」
呆れ顔で狼狽する乙女の横顔を眺める。
優の諫言は案外正鵠を射ていたものだった。
「いっ、で、でも私はまだよく分からないというか。まだ14ですし恋路には早いですし」
もしこの場に優がいたのなら、「齢14の酒乱が何を言う」とのたまっていたであろう。墓穴を掘っていることにすら気がつかないあたり、外面以上に慌てている。
「じゃ、じゃあミルさんはどうなんですか!?」
対象の矛先を転換する。これ以上の羞恥には耐えられないといった体で指先をミルに突きつけた。
ミルは取り繕うことなく事も無げに言ってのけた。
「いい金ヅルにゃ」
互いの価値観の相違という溝は深く横たわっていることをシェイラは知った。
そのまま両者は絶句したまま立ち尽くす。鰾膠も無い言い草に、地雷を踏むことを回避するがために。
沈黙の帳は深く、その場に根付いていた。
~~~~数分後
「これで仕込みは終わりかな……って、おい。お前らこんなところで何やってるんだ? っていうかなんでまだいるんだよ」
ギルドを出た俺が目の当たりにしたのは憮然とした面持ちの女子二人だった。幸薄げな表情は鋭利にこちらを睨めつけている。
何があったのかは知らないが、殺気を向けてくるのはやめてもらいたい。
「師匠、遅いです」
「遅いにゃ」
「だから、先に行けって言ったのに」
あと、言動を慎めっつったろミル。
まあ、こうなってしまっては仕方ない。彼女らを連れて必要な物を買い込みに行くとするか。
「必要最低限の物を買い込んでほしかったんだが、詮無いことだ。一緒に行くか」
俺の言葉に二人は「え?」と言った風の……空気読めない奴を見る極寒の視線を浴びせてきた。
「必要最低限……?」
「買い込んでほしかった……?」
幽鬼のような相貌が覚束無い足取りで迫ってくる。なんというか、鬼気迫るものがある。
「観光……?」
「お買い物……?」
「お、おい……」
お前ら連れて買い物行くとか難易度高すぎんだろ。一回でも正体がバレたら即ゲームオーバーなんだぞ。
「観光観光観光観光観光観光観光観光観光観光観光観光」
「お買い物お買い物お買い物お買い物お買い物お買い物」
「いや、だから無理だって。買う物確認したいからついて行ってもらうだけで、余計な買い物は正体がバレることに繋がる」
俺が懇意に諭そうとする反面、二人はムスっとした表情になる。
そして俺を言いくるめることが不可能だと判断したや否や――
「いやだいやだぁ~~~。観光するのぉ~~~」
「お買い物するのぉ~~~」
地面をのたうち回り駄々をこね始めた。こうなると手がつかないのは自明の理だ。
「かんこぉ~~~」
「おかいものぉ~~~」
「やめろ、16歳の駄々なんて見苦しい」
内一人が駄々をこねつつ殺気を放射してくるが気にしないことにする。
それよりも……。
「いや、マジでそろそろ勘弁してくれ」
腰をかがめて救いを求めるように呟いた。
この痴愚極まりない行為に野次馬が集まってきている。これ以上観衆に晒されるのは得策ではない。
「観光……」
「お買い物……」
尚も食い下がる女性陣に、俺は呆れと危機感をブレンドさせたような溜め息を吐いた。
「あぁ、もう分かったから。どこへでも連れていってやるから」
買い物行くより人目につくことの方がよっぽど危険だ。それならまだ買い物に行くほうが大分マシに違いない。
っていうか、その気になればミルは一人でも行動できるはずなんだが……。やはり金目当てか……。意地汚いな、この守銭奴は。
俺の許しが出たことに歓喜した様子でシェイラとミルが上体を起こした。
これ以上衆人環視の状態に置かれるのはよくない。
「二人共、行くぞ」
俺は彼女らの手を掴んで歩き出した。
とは言ったものの、まず優先すべきは最低限の物資の確保であることに違いなく。俺はふてくされた彼女達を宥めつつ物資の補充に勤しんだ。
ロープや傷薬、包帯に乾パンなどの簡易的に摂取できる食料。他にも諸々、冒険者や一般生活に使いそうな物を購入していく。食料購入の際、シェイラが酒に手をつけようとしたことは言うまでもない。
そうして一時間あまりが過ぎ、彼女達の我慢もそろそろ頂点に達しようとしていた。
「ユー……まだにゃ?」
「師匠……?」
こうして胡乱げな猜疑の視線を投げかけてくる。俺は彼女らを刺激しないように努めて平静に告げた。
「あとひとつ」
「鬼畜!」
「えぇ~~!?」
シェイラの反応は実に可愛らしいものだが、この守銭奴は……ッ!
額に青筋が浮かぶのを懸命に堪え、情報を追加すべく口を開く。
「武器屋だ」
私的には、ここから先が本番といったところだ。
ギルド長が言っていた日本人と思しき二人の人物。詳細を尋ねたところ、一人は武器屋、もうひとりは玩具屋であることが判明した。当然居場所は掴んでいる。それにしても、玩具屋とは一体……。
愚痴を垂れるミルを引きずり(シェイラは武器と知って意気込んだ)武器屋に向かって歩を進める。なんでも、店主は女子らしいが……。失礼だが、それで務まるのだろうか。
そして件の武器屋に恙無く辿り着き、表札が開店を示すものであることを確認してから扉を開けた。
途端、広がる光景に唖然とする。視界に飛び込んでくるのは武器の群れ。ゲームやテレビでしか見ることのないような武器が所構わず陳列されていた。
片手斧や鉄の剣、途轍もない重量を誇るハンマー。その反面銃器類は見受けられない。魔術があるから要らないんだろうな。
「いらっしゃ――って、えぇ!?」
「やあ、こんにちは」
予想外の事態に驚愕している店主ににこやかに片手を上げた。
「えーと、見ない顔だけど……日本人?」
困惑する彼女にやはり柔和な笑顔で返す。
まあ、取り敢えずここは……
「自己紹介から始めようか」
どうしてこうなった。率直な感想です。
ある程度プロットを立ててはいましたが、駄々をこねるシーンなんてありませんでした。書いている内に勝手に追加されていて……。僕は本来大筋だけ立てて後は書きながら考えるタイプの人間なので、致し方ないことなのかもしれません。まあ、結果ページ数が増えました。疲れました。もう寝ます、おやすみなさい(-_-)゜zzz…
次回予告(嘘)
自己紹介の後、各々は自分に見合った武器を模索し始める。
皆一様に腐心する中、ミルは天啓に導かれたかのようにあるモノを手に取った。それは……
「ピンク色のステッキ……?」
先端に星の装飾が施され、その脇からはフリフリのリボンが垂れている。
そしてそれに触れた瞬間、突如として彼女に電撃が走る……! その瞬間、彼女はその使用用途をあますことなく理解した。
それはつまり、
「マジマジマジカルキュピルンルン☆ 恋のパワーでラブリーミルルに大変身♡」
「…………」
「うわー……」
本来幼女向けの魔法少女の衣装に身を包んだ痛ましい光景は容赦なく二人の心を揺さぶった。
「マジマジマジカルラブビーム♡」
「やめれ」
ユーは取り敢えずぶっておくことにした。
次回、シリーズモノのアニメを見終わる度に死にたくなるのは何故だろう。きっと皆にも身に覚えがあると思う。これはきっと……そう、遺伝子単位で刻まれた本能に違いない!
この次も、サービスサービスゥ。




