030.高校生魔眼魔術師のゆすり
今回は前回との間が短いので、内容は普段と比べると少ないです。
「これ、一つあたりいくらで買える?」
口許に淡い憫笑を浮かべてワイバーンの素材を指差す。如何にも手馴れた風といった感じの、ある種の威圧感を放つように努める。
会話の主導権を握ろうとする際、相手と自分の立ち位置をはっきりさせることが重要だ。自分は少しでも相手より優位に立とうと、気づかれぬように自然に位置づける必要がある。
それは商談に於いても同様であり、売却側が優位に立てればふっかけることもできる。
飽く迄私見だが、眼前の受付嬢の緊張っぷりからすると正しいように思える。ポーカーフェイスがなってない。
「え、えと……」
「言い値でいいかな?」
Sランクのギルド証をさりげなくチラつかせながら上目に尋ねた。切れるカードは全て切る。手札がよければ良いほど上手くいきやすい。
ここまでは順調だが、ここから先が難しい。
今までの考えは、相場を知悉していることが前提だからだ。当然この世界に来たばかりの俺がワイバーンの素材の値段を知っているはずがない。生態系は書物に残っていても素材の詳細な値段、売買のルートなんてものは見たことがない。
ここからは相手の表情を窺いながら進めるとしよう。
「例えば……これ、爪なんてひとつあたり銀貨50枚でどうかな?」
「え!?」
意外……といった感の表情を露わにする受付嬢。ボるつもりが安くしすぎてしまったようだ。彼女はわかりやすくていい。
「冗談だよ。期待した?」
「う、うう……」
恨みがましい、しかし逆らえない。そんな苦悶を必死に押し殺す彼女に俺は静かに笑みを零す。然も余裕だよと言わんばかりの、盛大なフェイク。
張り詰めた空気と緊張感が受付からギルド内の隅々にまで伝播していき、いつしか俺と受付嬢以外の有象無象は固唾を飲み趨勢を見守る観衆と化した。
指を三本立てつつ、身構える受付嬢にもったいぶった口調で迫る。
「そうだな、金貨……20枚でどうだい?」
「ふぇぇぇ!?」
ボリ過ぎたか。驚天動地といった様子を呈している。
取引をするといっても、俺は彼女とやりとりはしているものの彼女と契約を執り行っているわけではない。彼女を通じてギルドと交渉しているのだ。つまり、ギルドの金を動かすため、彼女はしくじるわけにはいかない。それも莫大な金であり、当然個人で支払える額ではない。彼女は判断を誤ってはいけない。ギルドは損をしてはいけないのだ。
受付嬢の額に脂汗が浮かび、素材を指す指先は震え、唇は心なしか青い。目は焦点を結んでおらず素材と虚空、俺の間を行き来している。今にも見えない圧力に押しつぶされそうなほどか細く見えた。
絶大なプレッシャー。その心理を突く。
「20……枚」
「うん、20枚」
ここから少しずつ下げていくか。
最初にデカイ金額を提示することで、後の金額が安く見える心理を狙う。これは人にものを頼む時にも使える方法だ。
まあ、レートを下げるといっても彼女の出方次第だ。今はまだ下げないでいい。渋る。
「お、多すぎないですか?」
「まあ、でも稀少な素材だからね。ギルドとしては欲しいところじゃない?」
ギルド、の箇所を強調する。これ以上プレッシャーを掛けるのは可愛そうだが、こちらは生活が掛かっているため必死だ。ダルクを出た時に一文無しとかだったら絶対野垂れ死ぬ。
受付嬢の指先はおろか全身が小刻みに震え始めた。血色も悪く、これ以上は健康を害するような気もしないでもないが……。ウチの猫耳娘を養うための糧となっておくれ。
それに、最初にボって来たのはあっちだし。自業自得だよね。
「ですが、一枚あたり金貨20枚はギルドの方としては払いきれない恐れが……」
まあ、合計で金貨400枚になるからな。
「もう少し安ければ話は変わってくるのですが」
「へー、安く買い叩くんだ」
「い、いえ決してそのようなつもりは……」
心を鬼にして言の葉を放つ。
周囲の目線に受付嬢への明らかな同情が入り混じってくるようになる。しかし、Sクラスの冒険者の所業とあってか割り込んでくる者はいない。
「しょうがないな。じゃあ、金貨18枚」
「じゅ、18……」
受付嬢が考え込む仕草を見せる。
おいおい~、金貨2枚しか違わないんだぜ? 総体的には40枚減少するけど、それだけだよ? 変動する前の四分の一にも満たない。
まあ、当然の如く偽りの笑みを貼り付けて受付嬢が周章狼狽するところを見ているだけなんだが。
「えと、それでもちょっと……」
「じゃあ17枚」
「い、いえ……」
「う~ん、これ以上はキツイな」
いや、全然余裕だけどな。爪だけだし。
「そ、そんな……」
だんだん吊り下がってくる値段が彼女の戸惑いに拍車を掛ける。困惑だけが深まっていく。
背後ではシェイラが沈んでいくレートに迷わされている。次いで、ミルが絶対零度の視線を浴びせかけてくるがだんまりを決め込む。酷いことをしてるのはわかってるんだ。承知の上でやってるんだよ。
「んー、でもギルドとは仲良くしたいしな。16枚!」
「そこをなんとか……」
「15枚!」
「えと……」
「これ以上は無理だね」
キツイのではなく、無理と断言しておいた。心理的にキツイものがあるはずだ。
「えげつないにゃ……」
背後でボソッとミルが零していた。語尾が露わになってしまっている。それほど呆れてるのか。
「さすがです、師匠。これで私も安心してお酒が飲めるというものです」
残念ながら飲酒を許可するつもりはない。
「あの、なんとかなりま「無理だね」そ、そうですか……」
それっきり受付嬢は考え込んでしまう。
ふと背後を見遣ると、酒場のおっさん共も酒盛りを中断して眉間に皺を寄せていた。深刻の度合いは受付嬢の方が大きいが、おっさん達も自分のことのように頭を悩ませている。金が絡むと人は変わると言うが、露骨すぎやしないか。
「き、金貨15枚……。金貨15枚。き、ききき金貨、金貨っ、かっかっじゅっ……」
言葉にならない音を吐きながら受付嬢の顔から血の気が引いていく。壊れてきたな。
「151515151551515151515115155151515」
完全に壊れたな。
テープの切れた再生機のような、盤面の傷ついたCDを再生する端末ように同じ言葉を譫言のように繰り続ける。結果、結論が繰り延べされる。
「金貨……15、ま、い……」
暫くすると、白目を剥いて倒れてしまった。
彼女のフラジャイルな精神では耐え切れなかったのだろう。
「リリルちゃん!?」
受付の奥で働いていた眼鏡を掛けた女性が慌てて受付嬢を抱きとめた。そして脈を確認して人心地つくと、こちらを見るでもなく受付嬢を別室へと運び上司へと報告した。
「暫くお待ちいただけますか?」
「分かりました」
丁寧に頭を下げられ、俺はカウンターから退いた。途端、シェイラから羨望の眼差しが、ミルからは胡乱な眼差しが投げかけられた。
「師匠は凄いですね! 黒いですね!」
「ねえ、それ褒めてるの?」
「っていうか、ユー。冒険者になる前は何してたの?」
「平民です」
口が裂けても王族だとは言えない。
こんな調子でたわいもない談話に興じていると受付から再度下知が下された。
「こちらの通路をお通り下さい」
カウンターから素材を回収し、指定された通路を四人で行く。一体この先に誰がいるのだろうか。
先導していたギルド員が、彫金の施された扉の前で立ち止まった。そして、躊躇うことなく扉をノックし、室内へと入っていった。数瞬してギルド員が退室して、こちらに入室を促した。
俺はノックをして、ドアノブに手を掛けた。中から低い声がして、それを皮切りにノブを回した。
部屋の内装は至ってシンプルで、白亜な色が多く見られた。質実剛健といった感じで、審美的な要素は皆無だった。
そして、その奥に据えられたデスクに座り、こちらを睨み据えるように見ているのは……。
「君がSランクのニュービーか?」
この支部で一番のお偉いさん。
ギルド長だった。
すいません。お金の話だけで終わってしまいました。多分、次には観光と武器選びがきます。多分。なるたけギルド長との商談を即行で終わらせるように努めます。
次回予告(嘘)
厳粛な空気の中、威厳を放つギルド長にユーはどこか既視感を覚えていた。
(あの頭の光の反射具合……。俺はあれをどこかで見たはず)
そして彼は思い出す。残酷な真実を。
(育毛剤のCMに出ていた人の頭にそっくりだ!)
商談の途中笑いをこらえながら、幾度となく衝動を押し殺す。
(やべぇ、めっちゃリー○21振りかけたい)
次回、一口に育毛剤っていっても毛根が死滅してたり本数が少なかったら効果なんてないんじゃないの。あれ、じゃあ波平は助からないのか! ドンマイ!
また来週も見てくださいね~。(魚を咥えた猫を追いかける専業主婦の声で)




