024.魔人の集落ダルク
遅くなってすいません。
「……コホン。俺の名前はリーザック。キーラで倒れていたお前をこの……」
「魔人の集落[ダルク]に運んでやった命の恩人だ」
「……は?」
男のセリフが脳内で反芻される。
魔人の集落? ダルク? 命の恩人?
衝撃的な単語が凝縮された一文に、起き上がりの頭がついていけない。
「ぱ、pardon me?」
「あ゛ぁッ?」
「いや、なんでもないです」
聞き返そうとしたら慧眼で凄まれた。揉め事は避けたいので、ここは引き下がろう。
「何か聞きたいことは?」
もう少し早くそれを言ってほしかった。
俺はとりあえず、先程の一文を理解するところから始めようと努める。
「魔人の集落って言った?」
「ああ」
「ヤバくない?」
魔人って……、アルンカを攻めてきた人種だよな? つまり、俺は今敵陣地にいるってこと?
「そういう偏見が嫌なんだ」
「偏見?」
「ああ。お前、魔人には悪い奴しかいないって思ってるクチだろ?」
そうは思ってないけど。シェイラみたいのもいるし。ただ、散々アルンカで極悪非道が服着て歩くような魔人を見てきたからな……。悪いイメージが拭えないことは否めない。
「魔人にもいい奴はいるんだよ。凶暴性があるのは一部の種族だけだ」
「ああ。悪魔族とか……」
アルンカを襲ってきたのも悪魔族だ。クレバリートだけはグリフォンの血の混じった混血だったようだが。
「そうだ。話が分かるじゃねぇか。ここにいるのは良い方の魔人だけだ。だが、王国の奴らはそれを分かりゃしねぇし、見ただけで殺そうとする。存在そのものが悪だと言ってな。だから、こうして隠れながら暮らすしかねーんだ」
確かに。王都の法律上、人権が認められている魔人は猫耳族もといケットシーだけだ。それ以外の魔人に人権はない。
「もうひとついいですか?」
「ああ。いいぜ」
「見たところ、あなたは人間のようですが……?」
身長180cmはあるであろう長身を見上げて尋ねる。男……リーザックは銀色の長髪を揺らしながら答えた。
「ああ、俺も行き倒れたところをここの人に拾われてな……」
どこか遠い目をしながらリーザックが呟くように告げた。
「最初はこんなとこ、すぐ出てやろうと思ったんだけどよ。金も物も行く宛もなく、ここの奴らも皆異常なほどおせっかいで優しくてよ……。気づいたらどっか行く気失せちまった」
「……いいとこなんですね」
同じ人間が言うのだから、危険性は無いとみてもいいだろう。この男の発言が嘘という可能性もあるが、今のところ信用できそうなのはこの人だけだし。
「ああ、あと、命の恩人というのは?」
「それについてなんだがな……」
途端にリーザックの歯切れが悪くなる。言いにくいようなことでも尋ねてしまったのだろうか。
俺は、無理に喋らなくてもいいと口を挟んだが、リーザックはかぶりを振り眦を決してこちらを見据えた。
「近頃魔王軍の侵攻が激化してきてな……」
どこから持ってきたのか、リーザックは背もたれのない木製の丸椅子をベッドの横に置いて腰を下ろした。
一息つき、二の句が継がれる。
「ここら一帯の村も壊滅なんて憂き目に遭うことが増えてきた。最近ではキーラ、アルンカだな」
他にも幾つか村の名前を挙げたあと、本腰を据えて語りだす。
「ダルクには物資が不足してるからよ、火事場泥棒なんつー卑怯な真似はやりたかねぇんだが、物資の補充のため仕方なく、手早く村の跡地から使えそうな物を拝借してきたんだ。数日もすれば王国軍の奴らが物資を回収して持ってっちまうからな」
「おい、待てよ。王国軍が持ってくって……? 王国は周辺の村に対して何の対策も打ってないのか?」
思わず言葉を荒げて問い詰めてしまうが、矢も楯もたまらない。
王国は自国の民を見殺しにしているのか……!?
リーザックは俺が礼儀を欠いたことを全く意に介さず、口内で反芻するようにゆっくりと答えた。
「ああ。王都の防衛陣は強化されたが、それ以外には防御の布陣さえ敷いてない。戦の最前線で取りこぼした部隊が国内に侵入してるみたいだな。おかげで俺たちは大迷惑だ」
戦……? 魔王軍と王国軍とでか? 初めて聞いたぞ。
「あの、戦って魔王軍とライベル王国軍がってことですよね……?」
頬を掻きながら、遠慮がちに聞くと、ハア!? と、心底驚かれた。次いで呆れた表情になり、懐疑の視線を向けてきた。
「お前、なんも知らないのか?」
「すいません。世事には疎くて……」
「疎いなんてレベルじゃねぇだろ……。よっぽどの田舎に住んでたんだな」
リーザックはもう一度大きな溜め息を吐くと、銀髪をガシガシと掻いてから説明を再開した。
「現在魔王軍と戦ってる国は二つ。大陸一の国土と戦力を保持するライベルと、それに次ぐ戦力と国土をもつロアダントだ。この両国の境目で戦線は展開されている。また、同時にこの境目に魔王の牙城もあるみたいだな。王国軍は聖騎士を国内に残し魔術師と騎士の連合部隊を戦場に差し向けているらしい。魔王軍がこっちに溢れてくる状況からすると、戦況は芳しくねぇみたいだが」
ま、簡単に説明するとこんなもんだと、リーザックは膝を組んだ。
それにしても、ただの一般人にしては知りすぎているような気もするが……。
「よく知ってますね」
カマをかけてみることにする。返答は至極単純なものだった。
「ああ、昔情報屋みたいなことやってたからな。今でもその伝手から色々聞けるんだ」
動揺も何もない。顔色ひとつ変えずに返された。
どうやら本当みたいだ。
「まあ、とにかくだ。物資の回収をしてたら偶然お前らを見つけて、ついでに連れて帰ってやった。先の質問の返答だ。他にあるか?」
「あっ、俺と一緒にいた女の子は?」
「隣の部屋でまだ寝てるよ。まったく、大した睡眠欲だぜ。二日もぶっ通しで寝れるなんてな」
俺、そんなに寝てたのか……。
「今はまだ寝かしてやれ。きっと疲れてんだろ。まだ何かあ……」
俄かに、グゥ~と間延びした音が室内に響きリーザックの言葉を遮った。言うまでもなく、俺の腹の音だ。
二日も食ってないので、餓死寸前のように腹が減っている。というか、痛い。
リーザックは苦笑いするわけでもなく、ハハッと快活に笑うとバシン! と俺の背中を叩いた。
「これ以上待たせるのも酷ってやつだな。お前が起きてから下で慌てて飯作り始めてたから、そろそろ出来てる頃合だろ。嬢ちゃんは寝かしといて、先にお前だけ食っちまいな」
俺は苦笑しつつお言葉に甘えることにする。
「すいません、何から何まで」
「礼なら下で飯作ってるジュリルに言いな。あと、敬語は気持ち悪いからやめろ。それと、名前だ名前。名前教えろ」
矢継ぎ早に言葉が吐かれる。俺は順々に対処していく。
「分かった。敬語はやめるよ。そして、俺の名はユーだ。よろしく」
「ああ、よろしくな」
ガッチリと硬い握手を交わして、俺はリーザックに先導され階下に降りた。
「いい匂いだな」
「あら、そうかい? そう言ってもらえると嬉しいわね」
俺の呟きに犬のおばさんが顔を綻ばせた。先ほど俺が起きたことをリーザックに知らせた人だ。
「ジュリルの作るモンはうめぇって決まってるんだよ。さっさと席付け」
そう言われ、クロスの敷かれたテーブルにつく。アルンカ村の村長宅同様、シックな造りの家だ。木製の物が多い。ただ、こちらは急造りなのか、所々造りが荒い箇所が窺えた。
リーザックが四人分のスプーンとフォークを持ってきたことで、俺は慌てて犬のおばさん……ジュリルおばさんの手伝いを申し出た。見事に断られたが。
目の前に並べられたのは、乾パンと野菜のスープ。そして少量の肉。リーザックやジュリルおばさんは貧相な食事だと言うが、俺にとっては久々のまともな食事だった。
「おー、目が覚めたかね」
周囲の目を気にせずに腹に食べ物を詰め込んでいると、しゃがれた声が投げかけられた。
「さっき目が覚めたんだ。ユーって言うんだとよ」
口に大量のスープを含んで喋れない俺に代わってリーザックが代弁した。
俺は慌てて口に含んだ物を嚥下して声の主に向き直る。
見た目は好々爺といったところで、白みがかった灰色の口髭が特徴的な男だ。ジュリルおばさん同様耳元から犬耳が垂れている。緑色の古ぼけたローブに身を包んでいた。
「ご紹介に預かりました、ユーと申します。貴方は……?」
「わしはこの集落の長のダルクじゃ。差し詰め村長といったところかのう」
口髭を撫でながら思案げにそう言った。
続けざまに言葉を放とうとしたダルクさんを遮るようにリーザックが口を挟んだ。
「自己紹介もこれくらいにして、早く食おうぜ」
こうして食事が再開された。
その際色々なことを聞き、聞かれた。
この集落の由来はダルクさんから来ていることや、以前いた集落のこと。この集落、『ダルク』の人達や生計の立て方など。後半の金銭が関わる話などは聞いていて肩身が狭くなる思いだった。シェイラ共々暫くここに居座ることになったので、多少なりとも集落に貢献できればと思った。
聞かれたことはといえば、どこから来たのか、どういった経緯でキーラで倒れていたかなど。前半については、まさか「異世界から来ましたてへぺろ(。・ ω<)ゞ」なんて言えないので誤魔化し、後半については覚えている限りのことを語った。アルンカでの騒動、村の壊滅、王都への歩行。さすがに魔術師だとバレると反感を買ったり(集落にいるのも王族や貴族が制定した法律のせいだし)面倒なので伏せるところは伏せて話した。同情されたが、なんだか複雑な思いだった。
食事が終わった後は部屋に戻り返却された荷物(物騒な物がないかチェックされた)の中身を確認し、ベッドに寝転がりシェイラが起きるのを待っていた。
――運が良かった。
天井を直視しながら思考した。
キーラで餓死していた可能性もあった。偶然リーザックが倒れている俺たちを見つけて保護していなければ、確実に俺とシェイラは死んでいただろう。保護された場所も、人あたりの良い人たちが一杯いて、滞在も許可してくれたし食事も提供してくれた。集落の経済状況が悪いのにも関わらず。
リーザックも口は悪いけど優しいし……。つくづく、本当に運が良かったんだな……。
何度目かの寝返りを打っていると、不意にドアがノックされた。
「空いてますよ」
言葉に次いで入って来たのは銀髪の男、リーザックだった。
「リーザック? どうしたんだ?」
リーザックは面倒臭そうに首を掻き、用件を告げた。
「ダルクの親父に集落を案内するように言われたんだよ。幸い、まだ昼間だから明るいし」
さっきの食事は昼食だったのか。
カーテンを開けると温かい日の光が室内に差し込んだ。
先ほどまで部屋に満ちていた光は魔法によるものだろう。(一般人にも使える簡単な魔術は魔法と呼ばれる)
「用事、はないよな?」
「ああ、うん。今ヒマだよ」
ベッドから降りてリーザックと向き合う。
「じゃあ、行くぞ。ちゃんと俺に付いて来い……っと、あとこれだ」
リーザックが思い出したように尻すぼみになった言葉を呟き、懐から短刀を取り出しこちらに投げよこした。
「これは……?」
「ここらは魔物が結構出るからな。たまに集落の中にも出てくるんだよ。悪魔の魔人と殺りあったんなら強いんだろうが、念のため護身用に持っておけ。それとな……」
ビシッと俺を指差し、リーザックが告げる。
「タダ飯ぐらいは許されねぇ。お前も今日から働いてもらうからな」
「……はい」
やはり世の中は上手く出来ている。こんなところに落とし穴があるとは。お世話になっている以上、働くことに異存はないが……。
俺って何やらされんの? 嫌な予感しかしないんだが……。
「お前の仕事は至極単純だ。俺と一緒に集落の外に出て、ただひたすらに魔物を狩る! 狩りまくる! それだけだ」
ヤバイ。いきなり魔術師だということが露見しそうなイベントが発生した。どう対処したら良いものか……。
「どうした、ユー? 顔色が悪いぞ」
「そ、そんなわけねーじゃん。俺チョー元気だよ。今なら空でも飛べそうな気がする、うん」
それはそれでヤバイ気がする。ヤバめの薬の末期症状かよ。我ながら想定外の事態に弱いな。
「そうか。じゃあ、集落の案内から始めるぞ」
「…………はい」
働かざる者食うべからず。身にしみて感じた瞬間だった。
次は久々の戦闘シーンです。




