023.王都への歩行
早めに更新できてよかったです……。
――夜が、明けた。地平線から太陽が顔を覗かせる光景は、地球と同じだ。その燦々とした輝きに郷愁感と罪悪感を覚えた。
隣ではシェイラがスースーと寝息をたてて眠っている。安息のひとときを邪魔してはいけないので、俺はそーっと忍び足でその場を後にした。
あれから――。俺はシェイラを抱えて夕の平原を駆け抜けた。拓けた場所を見つけると、シェイラをそこに横たえて、なけなしの魔力で人払いの結界を張りアルンカ村に戻った。
やはり生存者は一人もおらず、心の底から罪悪感を感じつつ焼け跡から使えそうな物、衣服、食料を拝借してきた。シェイラにとっては形見であろう魔術書も。
血まみれ且つ地球産の制服は目立つので、拝借した質素な服を着込んでいる。
シェイラのところに戻ると全身が気だるさを訴えてきたため、二人分の毛布を敷いて床についた。結界は維持してあるため魔物に襲われる心配はない。
そんなこんなで起き上がったわけだが、シェイラにどう説明すればいいか分からない。彼女にはきっと暴走する前までの記憶しかないはずだ。文献でも、コントロールできない特異体質の発現中の記憶は通常人格には保持されないと記されていた。つまり、村が壊滅したことも、義父である村長が亡くなったことも、彼女は知らない。これを、どう説明しろというんだ。
近くの小川で制服の血を落とし、水滴を振り落とす。問題は山積みだ。
俺がこの世界に来た目的もあるし、女神から頼まれたこともある。そして、居場所を失くしたシェイラの責任も負う。前途多難過ぎる……。
目先の問題としては、金策と数日でもいいから滞在出来る場所を探すこと。それと、今ある食料が尽きる前に補充することも。
ああ、先が思いやられる。異世界じゃ円は使えないしな……。
財布の中に眠る諭吉を思い浮かべる。地球じゃ諭吉一枚で半分の問題は解決出来るのにな……。小銭の百円と十円は銅貨と銀貨だからこの世界の金銭と交換してくれるかもしれないが、お札は紙だしな……。どうにもならん。
本当に、俺ひとりでシェイラを食わせてやれるのだろうか。村長にも頼まれたから投げる選択はないし、俺の魔術じゃ解決できない。錬金術みたく金を錬成できればよかったのに。賢者の石的なもので等価交換無視して。
世の中金なんだな、と改めて痛感した。
「ん……師匠?」
「シェイラ」
起きたのか、と言おうとした口を噤む。気軽に声を掛けてはいけない気がした。
「ここは……?」
「アルンカ村付近の平原だ」
「なんでこんなとこに……?」
寝ぼけ眼を擦り、不思議そうに辺りを見回す。
俺は腹を括ってシェイラの双眸を見据えた。
「シェイラ、今から俺の言うことをよく聞いてくれ」
そうして俺は語りだす。昨日起きた出来事を。魔王軍の襲撃、シェイラの暴走、村の壊滅、村長の死。余すことなく全てを。
村長の話に差し掛かった時、シェイラの目尻に光るモノが浮かび、話を終えた時には澎湃と涙が頬を伝っていた。
俺も泣きたい気持ちだったが、俺が泣いてしまうとシェイラの不安な心に拍車が掛かってしまう。ただでさえ重い事実に押し潰れそうだっていうのに、俺が追い討ちをかけるなんていう真似は絶対しちゃいけない。
「少し、一人にして下さい」
「ああ……」
目線を会わせることもできずに、俺は項垂れながら承諾した。
睡眠をとったおかげで魔力も半分程度回復した。魔物に襲われる事態があってもすぐに対応できる。ましてや、シェイラも魔術が使えるのだから心配はいらないだろう。
――本当は、凄い心配だが……会わせる顔がなかった。
俺は座り込んだまま、今後の方針を頭の中で練っていく。
思考が纏まらない頭を無理矢理回転させて、なんとか案を捻り出す。
心は簡単に晴れそうにない。
「もう、大丈夫か?」
「はい。迷惑かけちゃってすいません」
猫耳を垂らしながら目元を拭う。明らかに泣き腫らした跡に、やはり俺は罪悪感を感じぜずにはいられなかった。
後ろめたい気持ちを払拭する意味合いも込め、懐から一冊の本を取り出しシェイラに手渡す。
「これ、お前のだろ」
「……ありがとうございます」
おずおずと受け取り、村からとってきたサックにしまい込む。
そして、重い沈黙の帳が訪れる。しじまが場に満ち、後ろ髪引かれる思いから互いに目を逸らす。
沈滞とする空気を打破しようと、俺は今後の方針と行動を明らかにするため口角を上げた。
「……これからのことなんだが、当初の予定通り王都へ行こうと思う。お金や食料等最低限必要な物は道中揃えていく。俺の記憶によれば、ここから王都までの間にもうひとつ村があった筈だ。食料もそこまではもつから、そこで一度補充してから王都へ向けて再出発、といった具合だ」
「……いいと思います」
俯きがちな賛成を受け、方針を確定する。本来なら、村を訪れる商人の馬車に便乗するはずだったが、村は壊滅してしまったためもう来ない。魔王軍の侵攻は王都で感知してるはずだ。既に各地に連絡が行き渡っているはず。はず、はず……と不確かなことが多いが、ここは自分を信じて前進するしかない。
こうして、俺とシェイラは歩き出した。馬車に乗るところを歩きで行くのだから一週間は掛かるだろう。途中、確か……キーラとか言う村にも寄るからもう少し掛かるかもしれない。無理さえしなければ行けるはずだ。
――そう、楽観視していた。
一日、二日、三日、四日と歩き続ける内に食料は目に見えて減り気力も削れしんどくなり始めてきた。硬い地の上で寝なくてはいけないため、満足に疲れも取れない。
そして、最悪なことに一向にキーラが見えてこない。一体どうなってるんだ。
「師匠、私もう……」
「――ッ、シェイラ!」
五日目、とうとうシェイラが倒れた。途中から舗装されている道を外れ、足場の悪い道を進んでいたため足腰にかなりきたのだろう。
俺は自分の体と心に鞭を打ち叱咤激励、後にシェイラを背負う。おぶられたシェイラはだらしなく俺に寄りかかってくるものの、体重はかけてこない。俺に迷惑はかけまいといった様子だ。思えばこの五日間、彼女は一度たりとも愚痴を吐かなかった。
「無理するなよ。体重預けて楽になれ」
「でも……」
「大丈夫だ。俺を誰だと思ってるんだ」
「……変人です」
おい、とツッコミたくなるが、夜道は足元が見えなく危険なため注意散漫になるわけにはいかない。それに、大声を上げると魔物を呼び寄せることになりかねない。睡眠時に結界を張り維持するため魔力の消費は出来る限り避けたい。
ツッコミは内心に留めつつ、シェイラを背負い黙々と歩き続ける。
「変わり者だけど、優しくて強い魔術師さんです」
「…………」
「あと、少しかっこいいです」
少しってなんだ。少しって。
「…………」
「…………」
無言で歩を進める。
五日という時は、互いの心をほんの少しだけ軽くしてくれた。俺は薄れゆく悔恨から自身に嫌悪感を抱いたが、そのおかげでシェイラと少しずつ会話が成り立ち複雑な心境に陥っている。アンビバレンスな感情の同居に戸惑ってしまう。でも、それも少しずつシェイラとの会話の中で溶けていく。
「師匠は、なんでそこまでしてくれるんですか?」
「…………」
「偶然この世界にやってきて、自分の目的もあるのに、強いのに、私を弟子にしてくれて、村のことだって師匠が責任を感じる必要なんてないのに。私に優しくしてくれて、私のために必死になってくれて……」
「…………」
自分でも、責任以外に言葉が思いつかない。村長に任されたから? 罪悪感? 俺の中でも答えが見つからない。でも、簡単に答えていい事じゃない。
結論の出ない自問自答に、俺は……。
「……もう、寝ろ。疲れてるだろ?」
答えを先延ばしにすることしかできなかった。
「……はい」
少し湿った声が静まり返った深夜の森に響いた。暫く歩き続けると背後から寝息が聞こえた。
言うことを聞かない足に鞭打って足場の悪い夜道を進んでいく。
ふと、夜空を仰いだ。澄み切った環境のおかげか、満面の星空を拝むことができた。地球にいた頃の空と、なんら変わりない光景。
この場景だけが、俺にとって唯一の救いだったのかもしれない。
翌日。
この六日間の中で最も最悪の事態に遭遇した。
早朝から歩き続けて2時間ほど、俺達はキーラ村を発見した。いや、正確には……キーラ村だったものを見つけた。
惨状は、今は無きアルンカ村をなぞったようにそっくりだった。俺とシェイラはありのままの事実を突きつけられ、アルンカ村を想起し、中継地点を失くした両方の絶望に駆られた。
大切な何かをなくしたような喪失感が全身を駆け巡った。絶望に打ちひしがれ、膝を落とす。
ここで、終わりなのか……?
もう、体力も、気力も食料もない。期待していただけに失望感が大きかった。
「師匠……」
「シェイラ……」
ごめんな。
ごめんな、ごめんな、ごめんな。
心の裡を表現する言葉が一つしかなくて、ただ、それだけを繰り返した。それが彼女に悲しみしか与えないと知っていても。それしか、もうできることがなかった。
「いいんです。もう、十分……です……から」
儚げな笑みを湛えて、シェイラが支えを失って倒れた。張り詰めていた気力と押さえ込んでいた空腹がここにきて飽和点を超えたのだろう。
俺もまた同じく目の前がぼやけてきて……視界が霞んだ後に。
ドサッと音がしたかと思うと、意識が闇に落ちていった。
「……ん、あれ?」
空腹に負けて目が覚めた。霞む視界に映るのは質素な壁。いや、天井? ここは……?
見知らぬ光景と全身から感じる柔らかな感触に違和感を覚え、起き上がる。
「俺、確かキーラで倒れて……」
「おっ、やっと起きたのかい」
倦怠感からぼーっとしつつ、横を見遣ると……。
「犬!?」
犬耳がついている、人となりの良さそうなおばさんが立っていた。突拍子もない光景に一気に眠気が抜けきった。
俺の発言を不快に感じた様子はなく、飽く迄も穏やかな物腰で話しかけてくる。
「そう。私は犬の魔人よ」
惚けていると、向こうからはそれ以上語ることはないらしく、階下に降りていった。旅人さんが目を覚ましたよー、と大声で怒鳴っている。こちらに響くほどの声量だ。
暫くすると、犬のおばさんと入れ替わるように一人の人間が部屋に入ってきた。
「貴方は……?」
首元まで垂らした銀髪、鋭い双眸、引き締まった体躯を軽装で覆っている。腰元には短刀が下がっている。
その男は俺を一瞥すると咳払いした。
「……コホン。俺の名前はリーザック。キーラで倒れていたお前をこの……」
「魔人の集落[ダルク]に運んでやった命の恩人だ」
改めて自分の文章力のなさを痛感させられました。それに、眠い……。
次回も早めに上げたいと思います。




